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銀の魔導外伝 帰るべき場所の間話で、短編です。


 ミサエルは迷っていた。

 いち早く魔導学校を卒業したバルートが、アルステルで家を買って皆で住まないかという提案を持ってきたのである。

 才能があったバルートは下級魔道士としての称号を手に入れたが、ことごとく職のお誘いを断り依頼所の仕事を受けて各地を回る冒険に出歩いていた。

 その仕事の途中色々と情報を仕入れてきた結果、アルステルの依頼が結構な稼ぎになるからと向こうで皆と仕事をしようというのである。

 その為、今は一人走り回ってお金を貯めているみたいだった。

 では何がミサエルを悩ましていたのかというと、ミエールである。

 バルートと三人で行きつけの居酒屋で食事をしているときにアルステルの話を聞いて、ミサエルはアルステルに行く事に問題はなく、むしろ向こうの方が依頼の報酬額が高いと魅力を感じていたぐらいだったが、ミエールは行く事に難しい顔をしていた。

 故郷から一人エスタルの魔道学校の為にやって来て、学校を卒業してエスタルのお菓子屋で働くようになって慣れてきた所であった。

 ミサエルやバルートの友達が出来て楽しい日々を過ごしていたミエールには、行ったことのないアルステルに行く事に不安があり、住み慣れた町を後に知り合いの居ない土地に素直に行くとは言えなかった。

 ミサエルはバルートと二人になったときに言われた、

「ミサさん、ミエールさんはミサさんに一緒に行こうって言って欲しかったと思うです」

 と聞かされた事が問題で悩んでいた。

「むむむむう」

 別段ミエールのことが嫌いな訳じゃない、頻繁に食事をしたり遊んだりしているのだから仲は良かった。

 ただ、恥ずかしかったのである。

 一つ年上のミエールとは姉弟のように言い合い、時には一方的に殴られることもあったが、何かにつけて何処かに一緒に行ってよく遊んでいた。

 だから、なのである。

 ミサエルもアルステルに知り合いはバルートぐらいだったし、ミエールも来てくれた方が楽しいのは分かっていた。

 けれど今更「一緒に行こう」や「付いてこい」などという言葉を口にするのに抵抗があり、そんなことを言ってしまうと、まるで恋人同士の会話に聞こえてしまうからミエールには言いたくはなかったのある。

「くそお、バルのやつ嫌な仕事残していきやがって……」

 バルートがアルステルに行ってもう二ヶ月が経とうとしていた。

 ミサエルが学校を卒業したら迎えに来ると言っていたので、ミサエルの実力なら早くてあと一ヶ月、遅くても三ヶ月ぐらいの間に卒業を迎えるかも知れなかった。

 それまでに何とかしてミエールにアルステルに行こうと伝えなければならなかった。

「ううううむ」

 しかめっ面で悩んでいたミサエルは、決断する決め手がないまま日付だけが過ぎていっていた。




 ミサエルは学校帰りにミエールの働くお菓子屋へと足を運んでみた。

 看板に大きな花の絵が飾られていて女の子が好みそうな店構えになっているので簡単には入りづらく、ミサエルはいつもここに来るのには抵抗があった。

 そろりと店の中を覗くとミエールが見えた。

 店ではローブを脱いでいて、可愛らしいフリル付きの赤い布のシャツに短い革のスカートを履いて素足を艶めかしく見せていた。

「なんだ、今日のあの格好は……」

 お客に品物を包んで渡しているのが見えて、中に入ろうかどうかと店の前をうろうろしていた。

 和やかに愛嬌を振りまきながらお客と会話をしている姿を見て、へんな気持ちになるのを抑え、深呼吸をすると思い切って店の扉を押した。

 チリンと鈴の鳴る音でミサエルを見たミエールがはっとした。

「いらっしゃい」

「お、おう……」

 ミエールと話していた客がミサエルを見て品物を持って店から出て行った。

 店内にはミエールと二人きりになり、ミサエルは特に何かを買いに来たわけでもなかったが、適当に物色してお菓子を買った。

「どうしたの? 何かへんね」

「別に……、それよりさっきの客と仲良く話してたな、それに何だその格好」

 ミサエルが俯きながら聞いてみた。

「……ああ、今日は新製品の販売でね、店主が今日はこれを着てくれって言われたのよ、ちょっと恥ずかしいんだけどねぇ……、さっきの人は良く買いに来てくれる常連さんよ、それより……どうかな?」

 ミエールが一呼吸間を空けて答えた。

 ミエールはスカートを手で掬い、恥ずかしそうに衣装をミサエルに見せた。

「ど、どうって……い、いいんじゃねえか……」

 じろじろ見ると恥ずかしくなってくるので、目を逸らしながらミサエルは返事をした。

「ちゃんと見なさいよ!」

 キョロキョロ動く視線にミエールが怒り出した。

「見ろってお前……女がそんなこと言うもんじゃねえだろ」

「五月蠅い! あたしは可愛いかどうか聞いてんだよ、ちゃんと答えなさいよ」

「なんで怒られなきゃいけないんだ……、ああっ可愛いよ、可愛いですよ」

 やけくそ気味に言った言葉にミエールは、

「えへへっ、そうでしょう、うんうん」

 えらく嬉しそうに笑っていた。

「ふう……それよりさ、今度の休みはいつなんだ? 飯でも行かねえか」

「今日終わったら明日休みだし別にいいけど……」

「じゃあ夕方、いつものとこで待ってるよ」

「……う、うん」

 そわそわしているミサエルを見ていて、ミエールも何だか緊張しながら返事をした。

 ミサエルは買った品物の袋を受け取るとそそくさと店を出て行く。

(くそお、なんで緊張しなくちゃいけないんだ)

 心の中で悪態をつきながら家路に着き、夕方までにどうやって言いだそうか考えていた。


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