第1話「黒髪姉妹の最期」
頭上がうるさい。リンリンうるさい。機械的な音を鳴らして不快にさせてどうしたい。
やかましい音はこうだ! フン。止めてしまえばこっちのもんだ。人間、寝たいときには寝るもんだ。理想的な睡眠時間とか知ったもんか。寝るったら寝る。
「お・き・て。もう朝ですよ」
誰だ何だ迷惑だ。この気持ちのいい至福の時間を妨害するとは万死に値する。いくらソフトタッチであろうと、睡眠を妨害していることに変わりはない。
「起きてくれたら嬉しいの」
駄目だ駄目だ。そんな甘い声を出そうが起きてやるもんか。一度でも反応すれば最後、ベッドから離されるのは目に見えている。絶対にぜーったいに起きないもん。
「もう。目覚ましを止めたことはお見通しなんだよ。これ以上寝たフリを続けるのなら、奥の手を使うまで!」
奥の手? なんだって構うもんか。満足するまで起きてやらない。どんな手か知らないが、そう簡単に起こされてたまるもんか。
――か、身体がくすぐったい。他人の身体を朝っぱらからベタベタと触るとは許せん。しかも、身体を揺らしたときよりも力が入っている。身動きがとれない。
「お・ね・え・ちゃ・ん」
耳元で甘く囁く作戦ときたか。無駄だ無駄だ。そんなもんじゃ起きない。
「だーいすきーっ!」
みみみ、耳があああ。カプッと甘噛みされてるんだけど! されてるんだけど! 妹に朝っぱらから耳を甘噛みされちゃってるんだけどおおお。
「んっ……んっ……んっ」
ちょっ、ちょっと!? 耳を舐めるなあああ。甘い吐息が耳に響いてくる。身体を揉む力が増している。
「お姉ちゃん……我慢できないよ」
もう駄目だ限界だ。これ以上好き勝手にさせたら駄目だ。
「こ、降参だ。観念して起きる。寝たフリして悪かった」
「もう。変な意地張ってないで起きてよ。姉を起こすために、姉の耳を舐めなくちゃいけない妹の気持ちが分かる?」
いやいやいや。普通、起こすのに耳は舐めないって。どこも舐めないって。どうして舐めるに至ったか問いつめたい。
「今日は休日だと記憶してるんだけど。目覚ましを切っとかなかったのは完全な自己責任として、わざわざ起こしたのはなんで?」
特に予定はないはず。正直起きても暇なくらいだ。んー眠い。史上最大に眠い。
「今日、一緒に買い物に行くの忘れてるの!?」
買い物? そういえばそんなことを約束したっけ。完全に忘れてた。いやー忘れてた。
「ごめん」
「ひっどーい。お姉ちゃんと買い物に行くの楽しみにしてたんだよ。それなのにそれなのに!」
あちゃー。今すっごく自己嫌悪に陥った。妹との約束すらまともに覚えていなかった自分に腹が立ってる。
今にも泣き出しそうな顔させちゃったな。どんな表情も画になる妹だが、不必要に泣かすわけにはいかない。
「約束は守る。安心しな」
買い物か。これといって欲しいものはないけど、たまには姉妹で出掛けるのも悪くない。
※ ※ ※
近くのショッピングモールに行くにはバスに乗る。お姉ちゃんとバスに乗るの久しぶりだよ。あと3分でバスが来る。今日は晴れてよかったよ。
「随分髪が伸びたな。せっかくだし切ろうかな」
「ええ! そこまで伸ばしといて切っちゃうの。もったいないよ」
腰まで伸びた艶のある黒髪。正直お姉ちゃんが羨ましい。わたしは若干癖毛で長髪には向いていない。
「伸ばしたくて伸ばしてるわけでもないしな。バッサリいっても文句ないだろう」
わたしは文句あるんだけど。絶対に切るのは反対だよ。
「お姉ちゃん、たまに大胆だよね」
「姉の耳を舐めて起こす妹に言われたくない」
「そうやって痛いとこ突く」
「あはは。事実だもんな」
わたしはお姉ちゃんの笑顔が好き。見ているだけで安心する。嬉しくなるんだよ。
今は14歳で実感湧かないけど、いつかは離ればなれになっちゃう。そんなこと考えたくないんだけどね。でも贅沢は言わないから、せめて来世もお姉ちゃんと姉妹でいたいよ。
「あ、バスが来たよ」
バス停にバスが停まる。乗り込めば、あとは運転者に任せるだけ。何もできない。
「どうかした?」
「ごめんごめん。乗ろう乗ろう」
わたしの身体がバスを拒絶した気がする。ほんの一瞬動きが止まってしまった。何をやってるんだろう、わたし。
※ ※ ※
これは何かの罰か。こんなことがあってたまるか。
今日は妹と久々の買い物なんだ。こんなところでグシャッとされる予定はない。
「……癒綺……」
妹の名前を呼ぶ。だけど声が思うように出ない。身体がちっとも動かない。
「……えへへ……」
前も後ろもグチャグチャだ。バスの運転者が居眠りしてタンクローリーに追突。さらに運悪くバスの後ろから大型トラックが追突。まさかの玉突き事故。
「ゆ……き」
意識が遠くなっていく。こんなところで死ぬんだな。せめて最期に癒綺の顔を見たかった。
焦げ臭い。こりゃ爆発する。どうして追い討ちかけるんだ。イタズラがすぎる神様め。
「…………」
「魅愛……お姉……ちゃん」
冥土の土産には充分な声だ。ごめん癒綺。もう耳を舐められても起きられない。ごめん……。




