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すべての明かりが落ちた指令室で、僕は音を聞いていた。重く低い軋むような音。きっとこれは、都市のどこかから響いているのだろう。
そしてもう一つ。どうどうと流れ込む水の音。みーにゃんが眠りについて、すべての扉を開け放ったこの中枢部に、海水が流れ込んでいるのだ。
海水は轟音とともに、廊下から指令室へ噴出した。いや、流入しているのだけど。
水かさはあっという間に増していき、指令室はすぐさま水で満杯になった。僕はふーっと空気を吐いて、あっさりと水中呼吸に切り替えをした。
真っ暗な指令室は、水が入っても真っ暗だった。たった一人で生き続けてきたみーにゃんは、ようやく水に沈んで、深い深い海の底で、静かな眠りについた。僕は真っ暗な部屋を振り切るように、勢い良く廊下へと出た。
僕は水を蹴った。強く強く蹴った。流れ込んでくる水を切り裂いて、押しのけるように泳いだ。満身の力を込めて水を打ち、全身全霊で前へ進んだ。
「わああああああぁぁぁ……!!」
胸の奥から、突き上げるような衝動がひっきりなしに僕を駆り立てた。僕はとにかく何かに力をぶつけたくて、足鰭を水に叩きつけて、泳いで泳いで泳ぎまくった。
「……ああっ!?」
すぽん、と。僕は外に出た。傾いた円盤形の都市は、深い海の底で、静かな眠りについているようだった。
空を見たい、と思った。
僕は脇目も振らずに海面を目指す。垂直方向に上昇していく。足鰭を打ち、腕鰭を振るい、背鰭を羽ばたかせるたびに、何かを振り落としていくような気がした。
何かは沈んでいく。あの都市へ。光の微粒子となって、僕の中から零れ落ちて、あの眠る街をうずめていく。
海面はきらきらと輝いて、僕を照らす。光が僕を削ぎ落としていくようにも思えて、そうして削れた僕の一部は、やはり微粒子となって沈んでいくのだ。
そんな奇妙な感慨に、僕は支配されていた。
『いってらっしゃい』と言われて、僕は街を出た。置くべきものを置いて、行くべきところへ行くんだと。思いながら、ひたすらに海面を目指した。
いや、空を目指した。
海面は実際、そこまで遠くもなかったようだ。僕は魚雷のような速さで垂直浮上し、ついに、きらめく光の膜を打ち破った。
風を、感じた。
濡れた頬に、風はひんやりと冷たい。水浸しの髪がべしゃべしゃ煽られて、けれども、黒い髪は日光の暖かさを存分に受け取った。
僕は水をぴゅーっと吹くと、風を大きく吸い込んだ。冷たい風が気道を抜けていく感覚は、水中呼吸にはない爽快感と清涼感があった。
「……はは」
風は音をも届けた。ひゅうひゅうと鳴る風そのものの音と、もう一つ。ぴいぴいと高い、海鳥の音。そしてようやく、目が明順応した。
「……空だ」
空は青い。
どこまでも、抜けるように。底抜けに。ああ、空には底なんてないのだ。
深淵がどこまでも深いように。
空もまた、どこまでも深いのだ。
ぴいぴい、きゃあきゃあ、白い海鳥が飛び交う、青い青い空。僕は背鰭を広げてぷかりと浮いた。仰向けになって。文字通り、空を仰いで、空を眺めた。
やがて日が暮れるまで、ずっとずっと、そうしていた。