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『注水します。しばらくお待ち下さい』
今、僕はみーにゃんに導かれるまま、街の中枢部へ足を踏み入れている。鼠色の無機質な廊下は海水の侵入を免れ、なんと蛍光灯さえ点いていた。
僕は足鰭があるので、歩行は苦手だ。みーにゃんが気を遣ってくれて、通路は半分まで真水が注がれている。ぷかぷか浮かぶようにして、軽く鰭で水を叩けば、漂うように通路を進んでいくことができる。
空気呼吸のやり方は本能が知っていた。口からぴゅーっと水を吐いたら、それでもうオッケーだ。僕も大概すごい生き物である。
すいーむすいーむ、背鰭を広げて浮力を受け、足鰭で水を押すように打つ。全くお気楽な泳ぎ方だ。仰向けになって流されていく感覚はどうしようもなく自堕落で、癖になりそうなほどだった。
流れゆく蛍光灯をぼけっと眺めながら、僕はみーにゃんと話すことにした。
「みーにゃんは、仮想人格って言ってたけど……」
『はい。わたくしは航空都市の管理用人工知能の一つです。もっとも、その都市は沈没して、今や職にあぶれた引きこもりですけれどね』
「人工知能は自虐も言うんだね」
僕は感心した。僕にインプットされた「人工知能」という概念と、みーにゃんとの間には、小さくない隔たりがあった。
『このくらいは嗜みですよ。どうやら、あなたにインプットされた学習課程は少し古いようです。付け足しをして正解でしたね』
「付け足し?」
『あなたが目覚める前に、わたくしがいろいろなことを教えてあげました。あなたは意外と博識なのですよ』
「へえ、ありがとう……ということは、みーにゃんが僕を起こしたの?」
『そうです。あなたにお願いがありました』
みーにゃんは少しだけ息を詰めた。
その声には、わずかな躊躇いと大きな決意が隠しようもなく滲んでいて、やはり人工知能らしからない。
そして、きっぱりと言い放った。
『あなたには、わたくしを停止させてほしいのです』
廊下の突き当たりには、当然だけど扉があった。その向こうに水を入れることはできないらしいので、排水を待って、僕はぺったんぺったんと足鰭を鳴らしながら、扉の向こうへ踏み入った。
暗い。
そして、けっこう広い空間だった。
四角い部屋は、僕のいる廊下への扉が一番高くて、前へ行くごとに段々畑で下がっていく。段ごとに長机が置かれ、何も映さないモニターや、コンソールがずらっと並んでいる。
『第三十五航空都市「りゅうぐう」の指令室です。わたくしはここで、二人の仮想人格と指令部の人たちと一緒に、この都市を運営していました』
暗い部屋が、少し明るくなった。段々の一番下、正面の大きなモニターと、段々の一番上、僕のいる場所の照明が点灯した。
『ようやくお会いできましたね。ユウ・ミヅハ』
モニターには、眼鏡とスーツがびしっと厳しそうな、でもおっとりとしたお姉さんが、優しげに微笑んでいた。