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教室を見て回った。机や椅子は倒れたり絡まったりして、傾きのせいで片側に寄っている。机の大きさには幅があって、広い年齢層がここで学んでいたことが伺えた。「学園」という名前からしても、教育課程を一貫でこなしていたのだろう。
教室後方のロッカーには、白濁してひび割れたプラスチックのファイルや、ぼろぼろに錆びた金属製の筆箱。ラケットや金属バットなんかも転がっていて、ここで過ごしていた誰かを偲ばせた。きっと突然のことだったのだろう。この都市に何があったのか、ちょっと気になってきた。
音楽室。ピアノは部屋の隅で砕けてしまっている。大きな金管楽器からエビが出て来て、破れた太鼓からはカニが出て来た。
理科室。標本棚はぐちゃぐちゃだった。薬品の瓶はさすがに頑丈なのか、ふやけたラベルに反してしっかりと密閉を保っていた。ホルマリン漬けが割れていなかったことに、ちょっと安堵した。
渡り廊下……の残骸。渡り廊下自体は地面に落ちて、また何やら住み着いていそうな風情だけれど、そっちは気にしない。廊下の向こう、ドーム状の大きな建物に行ってみる。
渡り廊下を抜けると、目の前には半開きの鉄扉があった。左右には下り階段と廊下が続いていて、暗い階下へ、黒っぽい大きな魚がするりと消えて行った。僕はとりあえず、鉄扉の隙間をすり抜けた。
広い広い空間だった。けれど、みっしりとしていた。
まあ多分、体育館なんだろう。落下物があったのか、板張りの床には穴が開いている。天井は鉄骨が剥き出しで、大小のボールが天井との隙間に挟まっていた。二階には通路や観覧席まであって、作りの豪華さを感じさせた。
大きな窓から微かな陽光が射し込んで、補助を受けた僕の視覚は、薄暗い体育館を貫く幻想的な光を見ることができた。
そして何よりも、体育館はクラゲで満たされていた。
白くて丸い、バレーボールみたいなクラゲが、あっちにふよふよ、こっちにそよそよ、暗闇の中で、陽光の中で、押し合いへし合い、ひしめき合っていた。
「うわお……」
なんともインパクトのある光景だった。夥しい数のクラゲ達は、幻想的なはずの光射す体育館に、何やら間抜けと言うか、奇妙な威圧感を添加していた。
「きみもここから来たのかい?」
僕は抱えているクラゲに問いかけた。クラゲが答えるはずもなく、僕はむにむにとクラゲを揉みながら、暗闇にぼうと浮かび上がったり、陽光にきらめいたりする白い影を、眺めていた。
ふよふよ。ふわふわ。思い悩むことなど何もないと言わんばかりに、クラゲは漂う。ふわんとぶつかって、ふよんと跳ね返っても、一向に気にしない。お気楽だ。
「……そっか」
楽園なんだ。
ここはクラゲの楽園。彼らが幸せの意味を知っているのか、分からないけれど。でも、彼らは幸せそうに漂っていた。本当に、とても、幸せそうだった。
「ここがきみの居場所みたいだよ」
僕は抱えていたクラゲを解き放った。クラゲはふよふよとその場で浮き沈みしたあと、何を思ったのか、僕に体当たりをかましてきた。
そして、ふよんと跳ね返って、楽園へと戻っていった。
僕は学校を後にした。考えてみれば、あの大きな駅はこの学校のためにあったのかもしれない。あるいは、崩れてしまった建物の中に、また別の賑わいスポットがあったのかもしれない。少なくとも近場には、他に目立つ建物はない。
僕は再び泳ぎ始めた。