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線路に沿って移動中。 背鰭を広げて遊泳していると、まるで空を飛んでいるような気分になる。少し高いところから見下ろす街並みは、砕けたり壊れたり、泥や付着物に覆われたり、深い深い海の底で、醒めることのない眠りについていた。
さっきまでの僕と、同じように。
きっと僕もまた、この街の一部だった。あの剥き出しの鉄筋のように、あの引っくり返ったトラックのように。永遠の眠りについていたはずだった。
僕はどうして目が覚めたんだろう。
おそらく、この街が海に沈んでから相応の時間が経っているはずだ。一年か、十年か、百年か、僕には分からないけれど。どうして今頃になって、全てが眠ってしまった中で、僕だけが目を覚ましたんだろう。
考え考え漂っていると、また、大きな建物が目に留まった。損壊の度合いが小さくて、ぺしゃんこになった周辺との対比で目立っているのだ。
それは、ちょっと見には判別のつかない建物だった。
線路を離れ、近寄ってみた。
とても大きい。外壁は白っぽくて、四階建て。いくつもの棟が連なっていて、いったいどれほどの人が暮らしていたのか見当もつかない。かっちりとした造りだけれど、シルエットには曲線も取り入れられている。それから窓が多くて、近くには大きなドーム状の建物も併設されている。総じて、何やらモダンな雰囲気を漂わせていた。
門構えがあったので、降り立ってみる。金属製のプレートに、文字が彫られてあった。
「えと……『公立竜宮学園』」
おお、この建物は学校なのか。
「でっかいなあ……」
門の向こうには大きな前庭。かつては植木や芝で飾られていた石畳は、すっかり海草や棘皮動物の温床だ。海草の藪で小魚の群れがくるくると遊んでいたり、赤い大きな魚がぴこぴこ泳ぎ回っていたり、これはこれで、綺麗だけど。
庭をすいーっと横切っていると、白くて丸い、バレーボールみたいなクラゲが寄ってきて、何を思ったのか体当たりをかましてきた。
「おっと……むよむよだぁ」
名状しがたい手触りは、割合癒し系。抱え込んでみると、特に抵抗もしない。毒針とかがちょっと心配だが、スク水が弾いてくれるだろう。
「一緒に見て回る?」
僕はこの学校を見物する間、クラゲを抱えて行くことにした。速く泳ぐと砕けそうだから、学校の外へは連れて行かないけど。
さて、庭を渡ると立派な正面玄関。大きなガラス戸はやっぱり枠だけで、割れたスノコは黒ずんでいる。横倒しの傘立てにはタコが入り込んでいて、下駄箱の靴からハゼが顔を出していた。
生徒用玄関を見に行く。ずらりと並ぶ棚は、全て下駄箱だろう。正面玄関の左右に生徒用玄関があって、その片方だけでこの数だから、どれほどの人数が通っていたのか想像もつかない。
と、僕の鋭敏なる五感がちょろりとした動きを捉えた。意識の片隅、隠れ潜んでいますと誇示するような、嫌な動き。
「……うげ。これは」
ちょろ。ちょろ。しゃか。しゃか。
そいつは至る所に見え隠れして、わざとらしく、目を奪うようで、けれども直視は難しい。この下駄箱は、フナムシの巣窟だった。
「ひええ。退散、退散」
僕だって海の生き物、一匹二匹なら気にしない。それでも大群に集られたくはないので、そそくさと玄関を後にした。