1
僕は目を覚ました。
僕は暗闇の中にいた。僕は体を動かすことができなかった。音もほとんどしなかったけれど、ときどき、何かの軋みが聞こえてきた。低く長いその音だけが、僕の目覚めのよすがだった。
そう。そうだった。僕は何度か目覚め、また眠った。暗闇の中で動くこともなく、不気味な音だけを寝歌にして。
今回もまた、そうなのだろうか。
目を閉じようとしたとき、音が聞こえた。
『おはようございます。実験体酉-328番の覚醒を確認しました』
ふわっと灯りが点いた。暗緑色の仄かな灯りは、それでも、暗闇に慣れ切った目に眩しくて、僕は目を細めた。
目が少し慣れた頃、僕は辺りを見回した。
まず見えたのは、立ち並ぶ円筒形の水槽だった。殆どが割れていて、少しは無傷のものもあったけれど、水以外の中身のある水槽は一つもなかった。
次に、僕は自分の体を見下ろした。初めて見る自分の体は細くて、滑らかだった。あちこちに大小の管が挿し込まれていて、水に浮いているようだった。
ああ、水槽に浮かんでいるのかと、僕は思い至った。そのときまた音がした。いや、声がした。
『おはようございます。実験体酉-328番、聞こえていたら反応をしてください。具体的には、瞬きを三回行ってください』
僕はそうした。“実験体酉-328番”というのが僕のことなのかは分からなかったけれど、この際どちらでもよかった。気付いてもらおうと思っただけだ。
果たして、それは僕のことだったのか。或いは、この部屋のどこかにいる“実験体酉-328番”が声の通りに動いたのか。
『脳波精査を完了しました。知的機能の正常を確認しました。実験体酉-328番、通名ユウ・ミヅハは保育過程を終了したことを認定しました。培養槽を開放します』
声が言い切ったと同時に、管たちがひとりでに僕の体から抜けていった。もともと深く刺さっていたわけでもないのか、痛みや出血はなかった。
円筒形の水槽がすーっと下がっていった。体温と同じ温度の培養液がぶわりと溢れ出て、冷たい水がさらさら入り込んできた。
最後にマスクが外れた。口に咥えていた管をぺっと吐き出して、僕は冷たい水の中で自由を得た。
僕は三対の鰭を具えていた。
一対は下腕。尺骨に沿って、肘側を根元として、弧の長さが30センチほどの四半円形。
もう一対は翼のように背中から生えている。長さは1メートルくらい、末広がりの細い四角形。
最後の一対は踵から足の小指にかけて。斜辺が1.5メートルほどもあろうかという長大でシャープな三角形をしている。両足を揃えると、二等辺三角形というよりは楔形に近くなる。
僕はしばしの間、ふよふよと漂いながら泳ぎ方を確かめた。ぼちぼち慣れた頃、水の冷たさが気になった。
水が冷たく感じるのは、僕の体温が奪われているからだ。うかうかしていたら凍えて死んでしまうかもしれない。
そう思ったとき、ある知識が僕の脳裏に浮かんだ。それは培養槽育ちの僕にインプットされた、最低限の知識の一つだった。
僕は培養槽の基部に手を這わせ、淡い光の中でいくつかのスイッチを押した。すると、四角い小さな収納がするりと開いて、その中身を露わにした。
それは、スクール水着だった。
「えっ」