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8人め「皇帝とからあげ」

「シプラ、ちょっと皇帝に会ってくるぞ」


 サガミが突然言い出してもシプラは驚かず、笑顔で見送る。


「はい。お気をつけて」


 彼は彼女に見送られて、白い紙袋を抱えて出発した。

 行き先はこの国の皇帝が住む城「レウコス」である。

 普通に面会を申し込んでも何時間も待たされるのが常だが、サガミは自分の名前を最大に使った。

 彼が皇帝と会えたのは昼食時である。

 皇帝の昼食は専用の食堂で、毒見係ふたりと護衛の騎士二十人に見守られながらひとりでおこなわれるのが慣例だ。

 そこにサガミが行くと、武装した騎士に左右を固められながら皇帝のもとへ案内される。


「おお、サガミ殿か」


 当代皇帝プロコピスは御年四十五歳ながら、すべてが若々しく三十歳でも通じるほどだ。

 広くきらびやかな食堂で、ただひとりが着席して食事をとっているという光景は、何度見てもサガミはなじめそうにない。

 左右にひかえる四十代の毒見係の男性、護衛の騎士たちがいっせいにサガミに対して礼をする。

 サガミはこの国において、帝族からも尊敬を集める重要人物であった。


「食事中であるうえ、このままで失礼するぞ」


 皇帝すらも一言断り、葡萄酒を飲み、それからたずねる。


「今日はいったい何のご用かな? まさか気が変わって余に仕えるというわけではあるまい?」


「ああ。とりあえず手土産だ」


 サガミは紙袋を近くの騎士に手渡す。

 受け取った騎士が毒見係に手渡して、中をあけて確認する。

 彼であれば直接皇帝に手渡しても誰も文句は言えないのだが、それは皇帝の権威を無視する行為になってしまう。


 普段はきちんと一国の君主に対する礼節を守るのがサガミという男だった。


(本来は敬語も使うべきなんだろうが……英雄と呼ばれる人物は敬語を使っていないという奇妙な不文律があるからな)


 この国の法律・習慣・不文律はサガミにとって不思議な点は多い。

 暮らしている間は守りつもりだが。


「うん? これは何でしょう? 揚げものでしょうか?」


「鶏のから揚げだ。美味いぞ」


 初めて見るものに困惑した毒見係が問いかけると、サガミは短く応じる。


「からあげ……鶏の肉を揚げたものでよいのかな? よし、せっかくだから食べよう」


 皇帝の言葉で毒見役はまずは自分たちが食べようとしたが、皇帝自身に止められた。


「サガミ殿が余を殺したいなら、何も食事に毒を盛る必要はない。普通に殺せばよかろう」


 ぎょっとする臣下たちにプロコピスは、平然として言う。


「この場にいる者を皆殺しにするくらい、サガミ殿にとっては大した手間ではあるまい? のう?」


「まあ普通に殺した方が早いのはたしかかな」


 直接聞かれた以上は無視もできないと、サガミは肯定を返す。 


「そういうわけだ」


 豪胆なのか変人なのか、皇帝は毒見役を通さずに鶏のから揚げを食べることに成功する。


「うん、美味い。ディオナのやつがサガミ殿の料理を褒めておったが、本当に美味いのう。酒にもあいそうじゃ」


 オムライスを食べて帰ったディオナ公女は、本当に皇帝にも報告してくれたらしい。


「うん、実に美味い」


 プロコピスは何度もつぶやきながら、から揚げをたいらげていく。


「ディオナ公女は話してくれているのか。あまり貴族階級が増えても困るが……あくまでも庶民向けの店のつもりだし」


 サガミの反応に皇帝は苦笑する。


「普通は貴族の客が増えたことを喜ぶと聞くが、さすがサガミ殿。常人では計り知れぬ男よ」


 葡萄酒をもう一度飲んだ彼は、サガミに話しかけた。


「ディオナのやつが心配していてな。貴族街でも第一地区でもない場所で店を開いているのだから、平民向けのつもりなのではと」


「そのとおりだ。ディオナ公女は聡明だな」


 皇帝は若干うれしそうな顔になる。


(たしかディオナは皇帝の姪だったか?)


 サガミは帝族の家系図を思い出して納得した。

 ディオナの母がプロコピスの妹に当たる。

 この国では女性でも帝位継承権を持つため、ディオナも帝位継承権保有者になるだろう。

 誰に継がせるかはプロコピスの判断しだいではある。


「鶏のからあげとやら、ありがたく頂いた」


 食べ終えた皇帝はそう言ってから、質問に入った。


「ところで鶏の種類は何だ? ディオナならばひと口で当てたかもしれぬが、余は苦手でな」


 どちらかと言えばディオナの舌の鋭敏さが異常であり、皇帝の方が普通である。


「エクリクシスだ」


 サガミが答えると、皇帝以外の全員が息を飲む。

 エクリクシスはたしかに鶏の一種で、肉の味がいいことでも評判だが、非常に強いことでも有名なのだ。

 食材として常用できるような存在ではない。


「余に出すための特別だったと解釈しよう。サガミ殿なら、普通に乱獲できるのだろうが」


 皇帝がこのような言い方をした理由は、サガミにはよく理解できる。


「エクリクシスを獲りすぎたら、生態系のバランスが崩れるというのだろう? その点は配慮しているから安心してくれ」


「うむ」


 彼の回答にプロコピスは満足し、次の問いに移った。


「ところでそろそろ今日の本題についてうかがおう。もしかしてディオナのことか?」


 皇帝が少し警戒したのは、ディオナに食べ歩きをさせるなと抗議をされると思ったのだろうか。

 サガミは推測し、否定する。


「いや、養護院のことだ。本人たちは波風を立てたくないと思っているようだが、弱い者が泣き寝入りするかのような展開は見過ごせぬ」


「それは当然だ。何があった?」


 真剣な顔になったプロコピスに、サガミは一連のことを話す。


「そうだったか……分かった。貴族どもの粛正、寄生虫対策の徹底を約束させてもらう」


 皇帝の約束ほど重いものはほとんどない。

 サガミはこの結果に満足して帰る。

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