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7人目「死病の少女とおかゆ」

 サガミの店は今日も閑古鳥が鳴いている。

 雨がふると不思議と客足が遠のいてしまう。

 仕方ないと思うものの、残念な気持ちがあるのもたしかだった。 


「この商売、時には我慢も大事ってことですよね」


 救いなのはシプラが明るい笑顔で、彼をはげましてくれることである。


「そうだな」


 サガミも笑顔を作って彼女に返事をした。

 つらい時にはげましてくれる相手というのは得がたいと彼は思う。

 長く感じる時間が過ぎ、やがてひとりの客が店にやってくる。


「あのう、こちらでは変わった料理を出していただけると聞いたのですが」



 その客はねずみ色の上着と紺のスカートといういでたちの、ずいぶんとやつれた中年の女性だった。


「お出しできる料理とできない料理がございますが」


 シプラが困惑しながらも微笑で応対する。


「まずは事情を聞かせてもらいたい。誰に食べさせたいのかな? それともご婦人、あなたか?」


 サガミの問いに女性客は力なく首を横にふり、視線を落とした。



「私の娘です。じつは死病で余命いくばくもないと、お医者様に見離されて……せめて最期にみながあまり食べたことがないようなものを食べてみたいと」


 事情を聞いたシプラの顔がくもりが、サガミは冷静に答える。


「病気の名前は? あなたが普通に出歩いているところを見ると、伝染病のたぐいではなさそうだが」


「パラシートゥスというそうで……体のどこも悪くないのにどんどん衰弱していく、不思議で恐ろしい病気です。人にうつる心配はいらないそうなのですが」


 女性は話すとうつむいて体を震わせた。

 娘のはかない運命を想って泣いているのだろう。


「パラシートゥスか。わかった。料理を持って行こう。シプラ、ついてこい」


「分かりました」



 サガミは何やら準備を済ませると、小さな土鍋を持って客に話しかける。


「ご婦人、案内してほしい」


「は、はい。こちらです」


 客の家は二等住居区の端の方にある、古びた二階建ての木造住宅だった。


「ただいま」


 女性が一言声をかけてから、サガミを招き入れて一階の一室に案内する。


「アン、お前の頼みを聞いてくれた人を連れて来たよ」


 粗末な布団と一輪の可憐な花が活けられた古い青銅の花瓶以外何もない殺風景な部屋だった。

 その主は茶髪の十代半ばの少女で、手足はやせ細っていて、顔は紙のように白い。


「ありがとう」


 母に向けた笑顔も力がなかった。

 母は座って彼女の体を起こしてやり、それからサガミに向きなおる。


「よろしくお願いいたします」


「その前にやることがある」


 サガミは土鍋を邪魔にならないところに置くと、いきなり少女に向かって手を伸ばす。

 サガミの右手は白い光を放っていて、少女の体内に吸い込まれた。

 あまりにも自然な動作であったためか、二人はとっさに反応できない。


「な、なっ、何をっ」


 やがて我に返り、うろたえながら抗議する母をサガミは視線で黙らせる。

 次に彼が手を抜いた時、黒い針金状の虫のような怪物を捕まえていた。

 そして怪物は悲鳴を上げて消滅する。



「今のがパラシートゥスだ。彼女の霊体に憑りつき、生命力を吸い込んでいた怪物は始末した。もう大丈夫だぞ」


「えっ……」


 母と娘はあまりの超展開に、頭がついてこれないのか呆然としていた。


「ひとまずは食事だな。それから医者を呼びに行くといい」


 サガミは土鍋のふたをあけて、一緒に持ってきた赤い椀に粥をよそう。


「それは……何ですか?」


 先に立ちなおったは娘の方で、彼女は彼が持ってきたものに興味を示す。



「お粥という。消化がよく、栄養があり、弱った胃腸にいいものをそろえた病人向けの料理だと思えばいい。お前の肉体自体は健康だったようだが、パラシートゥスに生命力をかなり吸い取られていたようだからな。無理は禁物だろう」


「は、はい」


 アンはゆっくりとした調子で粥を食べてみる。


「ん……不思議な味」


 彼女にとって未知の体験なのだろう。


 

「これはタマゴかしら……美味しい」


 卵はなじみのある食べものだったのか、うれしそうに頬をゆるめる。


「アン……あんた、大丈夫なの?」


 ようやく母が気をとりなおして、娘に話しかけた。


「うん。不思議……食欲が出てきたみたい」


「そ、そう。変なことがあったから、心配したけど」


 アンが食事を終えると、母親がサガミに問う。


「本当に娘は助かるのですか?」


「医者に聞いてみるといい。怪物退治なら私は本職と言えるが、人の健康診断はさすがに医者に敵わぬ」


 正論だったし、母も一応は納得したらしく立ち上がる。


「待って。こちらの人にはしばらくいてほしいの」


「えっ?」


「……シプラを連れてきてよかったな。私は家の外にいよう」


 病人の娘とは言え、男女が一室で二人きりとなると、アンの名誉に関わる問題になってしまう。


「ご配慮、ありがとうございます」


 母娘が恐縮したように礼を言った。

 サガミが外で待っていると、やがて中年の女性医師がやってくる。


「病気が治っただって?」


 最初は半信半疑だった医師も、アンの体を検査して驚愕した。


「ほ、本当だ……パラサートゥスの痕跡がみじんもない……しっかり栄養をとって体力回復に努めりゃ、健康体になれるよ」


「本当ですか、先生?」


 母と娘の感極まった声が聞こえ、そっとシプラが外に抜け出してくる。


「そろそろお戻りでしょう?」


「ああ」


 彼女はサガミの行動をきちんと予測していたのだ。


「あ、あれ? 店の人たちは? お礼を」


 あわてうろたえる母の声に、シプラが確認する。


「お礼は受け取らないとまずいのでは?」


「そうだが、パラサートゥス対策が、二等地区に広まっていなかったのは国の落ち度だ」


 サガミは不機嫌そうに、低い声で言う。


「皇帝に報告し、奴からたっぷり金を巻き上げてやろう」


「……そして慰謝料として、あの母娘に渡すのですよね?」


 それくらいお見通しだとシプラは笑った。


「普通は逆で、母娘からも謝礼は受け取るべきなのですけどね。でもまあ、今回は事態が普通とは言えませんか」


 彼女の言葉にサガミはその通りだとうなずく。

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