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6人目「怒れる龍神とミソスープ」

 光都から離れた地にある村にて、局地的な大雨が降っていた。

 村は高台にあるため水没はまぬがれたものの、川は氾濫したせいもあって周囲から完全に孤立してしまっている。


「龍神様がお怒りじゃあ」

「水神様のたたりじゃあ」


 村の年寄たちはおそれおののいた。

 光都へ救援を求めたいが、村の外へ行けば死ぬのは確定である。

 助けを呼ぶことすらできない彼らは、光都が異変に気づいて人をよこしてくれることを祈るしかなかった。

 はたして何日が経過したか、ひとりの男が村にやってくる。

 強風、豪雨、轟雷、洪水の中を平然と突破してきた男の名は、サガミ・ハリマという。


「光都からの要請でやってきた、サガミという」


 村人たちが思わず目を疑ったほど、彼の外見は普通だった。

 黒いマントと帽子が雨も風も雷もはね返したのかと村人たちも、男の名を聞いて納得する。

 サガミ・ハリマと言えば地上最強の英雄と謳われる、生きた伝説だったからだ。


「多重時空龍を倒したあのサガミ様ですか?」


「不死の巨人を倒したあのサガミ様ですか?」


「そうだ。なつかしいな」


 村長の家で放たれた村人の問いに対して、彼はなつかしそうな目をする。

 偉業、神業と言われるようなことを成し遂げても、決して自慢したりしない。

 ただ静かに微笑み、穏やかに肯定する。

 この態度こそが本物である証だと村人たちは思う。


「ところで、今回の件について何か心当たりはないのか? 私が調べたかぎり、ここの地の龍は怒ると恐ろしいが、何もしないかぎりは温厚で人に水を恵んでくれるそうだが……」


「じ、実は……」


 サガミの問いに村長が言いにくそうに事情を打ち明ける。



「子どもがいたずらをして、龍神様が大切になさっていた子の像を壊してしまったそうです。おまけに腹が減っていたからと、子の像への供えていた果物も食べたとか……」


 サガミはため息をつく。


「龍は己の子を何よりも大切にすると聞く。像を壊され、供え物を食べられたとあっては、我が子の尊厳を何重にも貶められたように思ったのだろう」


 自分自身に対しては意外と寛容だったりするが、子どもに対する仕打ちには容赦なく牙を剥くのが龍という種族だ。


「子どもが犯人だと説明したのですが……」



 怒りに我を忘れた龍神に届かなかったのだろう。


「本来は温厚な龍神。何も知らぬ子どもが愚かなふるまいをするのも、冷静さを取り戻せば理解してくれそうな相手か。分かった、少し殴ってくる」


 サガミが言うと村人たちはぎょっとなる。


「あ、あのう、サガミ様……助けにいただいたのに大変恐縮ですが、今回悪いのは我らで、龍神様はこの地方にとって大切なお方でして……」





 村長が心配するのは無理もないと彼は思う。

 安心させるべく、大きくうなずいてみせた。

 

「それは承知している。殺したりはしない。相手が龍神ならば、うっかり死なせる心配もないから安心してくれ」


「よ、よかったです」


 村人たちを安心させたところで彼はさっそく行動に移す。

 外に出るや否や、天を舞う龍神を目がけて跳躍したのだ。

 大木がへし折れる強風も、豪雨も轟雷もサガミにとっては何の障害にもならない。

 たちまち瞳を黄金に燃やし、水色の鱗を発光させている龍神と空中で対峙する。


「龍神よ、あなたの怒りは分かったが、罪なき者まで被害が出ているのは看過できぬ」


「グガアアアア」



 サガミの呼びかけに返ってきたのは怒りの咆哮で、凄まじい雷の槍が放たれた。

 彼は雷速の攻撃を滞空中にもかかわらず、余裕でかわして見せる。


「言葉が通じないのは予想通り……少し痛い思いをしてもらうぞ」



 サガミは空中を疾走し、龍神の顔の右横へ移動した。

 ほとんどの者であればあまりの速さで瞬間移動したとしか思えなかっただろうが、龍神は反応して雷のブレスを浴びせてくる。


 ──無双突き


 対するサガミが放ったのは正拳突きである。

 彼が放った一撃は轟雷を散らし、龍神の顔を捉えて激しく頭部を揺さぶった。


「グウウウウ……に、人間?」


 正気をとり戻したのか、龍神は人語を発する。


「ようやく落ち着いたか、この地に住む龍神よ」


「……空中に平然と浮かび続け、この我に一撃を浴びるとは……貴様がサガミ・ハリマか?」


 両者は初対面のはずだが、龍神の方はどうやらサガミの情報を知っていたらしい。


「そうだ。とりあえず嵐を引っ込めてくれないか? 何の罪もない者たちが苦しんでいる」


「そうだな……罰は罪人にのみ与えるべきだ」



 龍神が冷静になったことにより、たちまち雨はあがり、空には雲が消えて太陽が顔を見せる。

 地上ではおそるおそる顔を出した村人が歓声をあげた。


「彼らは悪いのは自分たちだからと言って、あなたの討伐しないように私に頼んだ。そのことを考慮してもらいたい」


「承知しておる……普通は逆で、殺してでも止めろとなるはずだがな」


 龍神はどこか苦笑気味に独り言を漏らす。

 サガミがまず先に泥に着地すると、龍神は体の大きさを小さくしてから地に舞い降りる。

 村人たちは泥まみれになるのも厭わず、両手両膝をついて龍神を迎え入れた。


「このたびは村の子どもが大それたことをしでかし、お詫びのしようもございませぬ。責任は大人たちでとる所存にございます」


 村長の言葉に対して龍神が口を開く。



「もちろんだが、罪なき者に対してまで害を与えてしまった分は、割り引かなければならぬ」


 重々しい言葉に村人たちは固唾を飲んで、続きを待つ。



「したがって我が子の像を再び用意し、手厚く祀り、今回のことを戒めとして子孫に伝えよ。我の言いつけを正しく守り続けることをもって、償いと認めよう」


 情がたっぷりの判断に思えるが、なかなか難しいことである。

 特に「正しく子孫に伝え続ける」という点が。

 だが、村人たちが受け入れた以上、サガミは何も言わなかった。


「せっかくだ。何か食べていくか」



 彼はそう言って無事な建物の台所を借りて、料理を開始する。

 村人たちに今すぐ料理を作る余力が残っていないと考えてだ。 


「あまり多く持ち運べなかったから、これしかできないが」



 サガミがそう言って村人に配ったのはみそ汁である。


「あったまるし、美味いし、ネギと豆腐も食える」


「これは……携帯食料とは思えない美味さですな」


 村長はそう言い、村人たちは無言でみそ汁を飲む。


「何だこれは?」


 興味を持った龍神にもサガミは入れてやる。


「ミソスープということになるかな、この辺の呼称にするなら」


「ふむ?」


 龍神は彼の言い回しから何か感づいたようだが、黙ってみそ汁を飲む。


「……何とも不思議な味よ。だが、悪くはない」


 実に美味そうに龍神が飲み干すのを、サガミは笑いながら見守る。


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