5人目「擁護院とカレー」
本日店は休みであるが、サガミはいつも通りに店に来て、大鍋ふたつに料理を作っている。
今日はカレーをいっぱい作る日なのだ。
「よし、これでいいだろう」
サガミは味見をして満足する。
そこへシプラもやってきた。
「少し遅れちゃいましたか? ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。忙しいのはこれからだからな」
サガミは微笑しながら応える。
彼女も今日は休みなのだが、彼が何をしているのかを知ると、自分も手伝うと言い出したのだ。
ひとりでやりはじめたことであったものの、手伝ってくれる者が欲しかったため、彼は快諾する。
休みの日、彼らが何をするのかと言うと、光都の養護院にカレーを届けるのだ。
「よし、運ぶから、ドアを開けてくれ」
「はい、店主」
カレーがたっぷり入った大鍋ふたつを持つのは、サガミの仕事である。
鍋は特殊な銀を用いて作られたもので、中身が入れば本来成人男性がひとりでは持てないような重さになってしまう。
サガミだからふたつも平然と運べるのだ。
養護院は光都の最も壁に近い三等住居区に一軒あり、そこには身寄りのない十三歳未満の男女が二十人ほどいる。
あとは彼らの面倒を見る若い女性が三人と院長の女性だけだ。
三歳未満は別の施設で養育される制度のためか、何とかやっていけているという。
養護院の建物は古ぼけたレンガ造りではあるが、長年風雪に耐えてきただけあってとても堅牢だ。
ふたりが門のところまで行くと、彼らを待ちかまえていたように子どもたちが駆け寄ってくる。
「サガミお兄ちゃん! シプラお姉ちゃん!」
十歳くらいの白いシャツを着た男の子ふたりが、サガミに勢いよく抱きついてきた。
サガミとしては彼らを吹き飛ばさないように注意しなければならない。
となりにいるシプラは八歳の女の子を抱きとめている。
「今日もかれー?」
「そうよ。サガミ様のカレー、おいしいでしょう?」
「うん! お肉いっぱい入ってるもん!」
シプラに聞かれた少女はとてもうれしそうに返事した。
「院長に連絡を入れて、みんなを呼んでくるんだ」
「はぁーい!」
サガミの指示に子どもたちは元気よくしたがう。
職員の女性のひとりが「手に負えない」とシプラにこぼしたことがあるのだが、彼らはサガミの言うことはよく聞く。
子どもたちの彼らを呼ぶ声が聞こえていたのか、彼らが呼びに行くより先にグレーの服を着た職員の若い女性が姿を見せる。
「ようこそ、サガミ様。シプラさん。こちらへどうぞ」
職員の女性が案内してくれたのは養護院の食堂だ。
二つの縦長の木のテーブルに、サガミが鍋をひとつずつ置く。
やがて子どもたちが集まってくる。
「わー、いいにおーい」
「かれーだ、かれー」
どの子も笑顔で今日という日を楽しみにしていたことが伝わってきた。
最後に院長のアカンサがやってきて、サガミに礼を言う。
「サガミ様、いつもありがとうございます」
「いや、大したことはできないし、子どもたちが喜んでくれるのはうれしい」
彼の謙遜に対して職員が応じる。
「いえ、サガミ様のおかげで養護院全体への寄付が増えましたから」
「おかげさまでずいぶんと楽になりました」
サガミが最初にやったことで、帝族が養護院の扱いを見直し、貴族たちも寄付に積極的になったという。
「変な誘いもなくなったしね」
職員のひとりが小声で言ったのを、サガミが聞きとがめる。
子どもたちの手前、言葉には出さなかったが、シプラは気づいたためそっとサガミに耳打ちした。
「寄付してやるから、愛妾になれって女性職員に要求してくる、不とどき者が以前はいたそうなんですよ」
「……顔と名前を教えてくれたら、今度そいつらをシメておくが」
サガミが不穏な気配を出すと、シプラが微笑む。
「今はないようです。サガミ様の目が光っていると知って、あわてて逃げ出したそうで」
「ならいいんだが、一応皇帝にも言っておいた方がいいかもな」
「……サガミ様がおっしゃると、粛清の嵐が吹きそうなので……今は事を荒立てない方がいいかもしれません」
シプラが困った顔で懸念を示す。
相手が支配階級であるため、どのような影響が出るのかと女性たちは恐れているのだ。
波風が立つことを本人たちが望んでいないとなると、サガミも出方を考える必要がありそうだ。
「目を光らせろ、でもやりすぎるな。被害者たちに迷惑をかけるなと念を押す必要があるか。任せておけ」
「普通は逆で、もっと真剣にこちらの言い分を聞いてほしいとお願いするところなんですけどね」
シプラはつい苦笑する。
すくなくともこの国において庶民と支配階級の関係は、彼女が正しい。
皇帝にいくらでも意見ができるサガミが変なのだ。
そこまで話したところで、彼らは子どもたちがこちらを見ていることに気づく。
「待たせてすまない、食べてくれ」
サガミが言うと子どもたちはいっせいに顔を輝かせた。
「わーい!」
「大いなる大地の女神よ、本日も糧を恵んでくださりありがとうございます。御身の栄光が続かんことを」
まず院長のアカンサが祈りをとなえ、次に職員と子どもたち、サガミとシプラが同じくとなえる。
そして食事がはじまった。
「おいしー」
「かれーってサガミさまのとくべつりょうりなんでしょ?」
子どもたちの幸せそうな表情を見られるこの瞬間こそ、サガミの大きな楽しみのひとつである。
大きな肉がたっぷり入っているから、彼らは大喜びだ。
実は子どもたちが苦手な野菜も入っていて、彼らは気づかずに食べているのは大人たちしか知らない。
嫌いな食べものに関しては敏感な子どもたちに食べてもらうのは容易ではないし、サガミの工夫と苦労が予想できるからだ。
「本当においしいですね」
職員たちは聞き覚えのない料理だと知っているが、詮索はしてこない。
幸せそうに舌鼓を打っている。
「たっぷり作ってきたからな。残った分は夜や明日に食べてくれ」
サガミは職員にそう言った。
ここにある冷蔵庫は彼の魔力で動くタイプである。
「はい。いつもありがとうございます」
職員たちの礼の言葉を聞きつつ、彼は少しだけ残念に思った。
(できれば洗濯機もあればいいんだが、まだ発明されていないんだよな)
今度は有望な発明家でも探しに行こうかとこっそり考える。