4人目「似顔絵描きとコロッケ」
「あのう、ちょっとすみません」
最後の客が出て行くのと入れ違いで、一人の中年の小人族の男性が入ってくる。
「はい、どうかなさいましたか?」
笑顔で出迎えたシプラを見上げながら、男性は言いにくそうに口を開く。
「このお店で出される料理、外へ持って行って食べてもいいでしょうか?」
「えっ? お店で召し上がらないのですか?」
シプラは相手の言いたいことが理解できず、首をかしげる。
「やっぱり、お店で食べないとダメですか……仕事柄、いい場所を確保したらできるだけ動きたくないのですが……」
男性は残念そうに肩を落とす。
「仕事柄? 仕事は何をしているのかな」
サガミの問いかけに男性は答える。
「ああ、これは失礼。私は似顔絵描きなのです」
「なるほど」
彼とシプラは納得した。
似顔絵書きはたしかに場所取りが重要な職業である。
人がたくさん通りがかり、目につきやすい位置を確保できるか生命線と言っても過言ではない。
有名な絵描きになれば別なのだろうが、それはごくごくわずかな者たちだけだ。
「ですから、外へ持って行って、食べられるものをお願いしたいのですが……」
男性の希望をサガミは理解する。
「お祭りの時以外にですか?」
いまだに困惑するシプラが、光都内での実情を物語っていると言えるだろう。
(こっちだと食べものや飲みもののテイクアウトは、祭りの時限定だからな)
男性の表情には疲労と諦観があり、これまでに足を棒にして飲食店に聞いて回ってきたのだろうことがうかがえる。
「今までは考えていなかったが、求める人がいるならはじめてもいいかな」
「店主?」
サガミの言葉にシプラが怪訝そうな声をし、絵描きには希望の光が宿った。
「おお、では?」
「外でも食べられるものは今からでも用意できるが、せいぜい紙の包みに入れるだけになってしまう」
「ああ、持ち運びに必要な紙袋とかコップとか、何も用意していませんものね」
サガミの説明にシプラがうなずく。
「それでかまいません!」
男性は笑顔で承知する。
「分かった。少し待っていてくれ」
サガミも笑顔になりながら料理を準備した。
こんがりきつね色に揚げられたコロッケを六つ、シプラが白い皿に入れて運んでくる。
「これはいったい……初めてみますが」
興味しんしんという顔つきで絵描きが聞くと、サガミが説明した。
「これはコロッケという。揚げもののひとつで、これなら外でも気軽につまんで食べられるはずだ。問題があるとすれば、時間が経てば冷めてしまうところだが……」
「あ、それは大丈夫です。へえ、コロッケというのですか……」
アツアツのコロッケに視線が釘付けになっている絵描きに、シプラが話しかける。
「よければおひとつ、今召し上がって下さい。ねえ店主」
「ああ」
「それでは……」
絵描きが体格どおりの小さな手を伸ばし、コロッケを口に運ぶ。
「これは熱い……ですが、美味しいですな。このような味の食べものがあるとは……」
美味そうに食べる客を見て、サガミは満足する。
「コロッケの美味さを分かってもらえたようで何より」
「いやー、これは美味い。実はわたし、揚げものはそこまで好きではなかったのですが……」
絵描きは何度も満足そうにうなずきながら言う。
その間シプラが茶色い紙の包みに残りのコロッケを入れる。
「ああ、ありがとうございます。よければまた来ます」
コロッケを食べ終えた絵描きはお金を払い、包みを受け取って、二人に何度も礼を言いながら出て行く。
「持ち帰りに需要があるなら、保存用のものが必要になるな」
サガミがつぶやくと、シプラが心配そうに言う。
「ですが、お客さんに出すのであれば、使い捨て前提の消耗品となります。上手く考えないと、経費がかさむだけですよ」
「……私が自分で素材を調達するだけではダメか」
サガミは彼女に言われてハッとなる。
「材料は店主がおひとりで全部調達すれば無料ですけど、そこから製品にするための製造コストがかかりますからね。さすがの店主も自力では作れない以上、どなたか職人に頼まなければなりません」
「そうだな。その計算が必要になるか……魔王討伐の方が楽だな」
「普通は逆ですけどね」
ため息をついたサガミにシプラは苦笑した。