秘密ひとつめ「赤字補てん」
本日、「フジニシキ」は休業である。
休日は不定期だと周知していること、あまり客が入らないこともあって、悲しむ人はほぼいなかった。
店を閉めたサガミが何をするのかと言えば、赤字の補てんである。
(このままじゃシプラの賃金がなあ)
彼は青空をながめつつ、ひとりため息をつく。
シプラの賃金は一日に百五十ロルグ(約一万五千円)であった。
現在の店の利益ではとうてい払えない金額である。
そこでサガミは英雄の名前を使い、副業をおこなうことがあった。
今回彼が請け負った依頼は海の沖で突如発生した怪物クラーケン退治である。
「大型の戦闘艦まで沈められてしまい、艦隊を編成して討伐するしかないとなっていたところです」
「英雄サガミ様に出撃していただけるのであれば、最高の加勢と言えます」
砂浜を歩くサガミに対して、兵士たちは大ざっぱに説明しながら、彼と会えて話せる喜びをにじませていた。
「クラーケンの全長は約二十ロール(約二キロ)で、鉄でできた槍が刺さらないのです」
「サガミ様、何とかなるでしょうか?」
不安そうな兵士たちにはサガミは力強く応じる。
「大丈夫だ。私が過去に倒してきた怪物のうち、鉄の槍が刺さった奴の方が珍しい」
「おお!」
鉄製は常人にしてみれば一線級の武器だが、サガミにしてみれば木の棒と違いはない。
兵士たちはたちまち元気をとり戻す。
「ああ、あれだな」
常人よりもはるかに優れた視力を持つ彼には、遠い沖にいる青い巨大なイカの怪物の姿が見える。
「み、見えるのですか、ここから?」
兵士たちは一様に驚愕したが、相手が英雄サガミとなれば納得してしまう。
「槍か何か投げるものはないか?」
サガミが問いかけると、兵士が恐る恐る鉄製の投てき用の槍を持ってくる。
「あの、これしかないのですが……その、クラーケンにはじかれてしまったやつで」
クラーケンに通用しなかったものでもいいのかという不安があったのだろう。
「ああ、かまわないよ」
投げ槍を受け取ったサガミは黄金の光を発し、槍へと注ぎ込む。
「黄金のアニマ……サガミ様だけが纏えるという伝説のゴッドアニマ?」
兵士たちから畏怖がたっぷりこもった声が漏れる。
「ただし、返せないと思うが」
「それは仕方ないですね」
サガミは周囲に何もないことを確認すると軽く助走して、クラーケンを目がけて槍を投げつけた。
黄金のアニマを纏った槍は、音を置き去りにして飛来して怪物を木っ端みじんにしてしまう。
そして槍も耐久の限界を迎えたのか、消滅した。
「やはり蒸発してしまったか。アニマでコーティングしても持ちしないのが難点だな」
「槍を投げたら槍がじょうはつする……」
兵士はいったい目の前の英雄が何を言っているのかと思う。
彼らの脳は自分たちが目撃した光景を、理解したくないと拒絶している
「目標は討伐したし、報酬の話をしてもよいかな?」
「あ、少しお待ちを。規則ですから、念のために人をやって遺骸を確認しなければなりません」
恐縮しきって謝罪する兵士に、サガミは鷹揚にうなずく。
「規則ならば仕方ないな。もらえそうなおよその金額だけでも聞かせてもらえないか?」
「はい。今回のクラーケンは第二級モンスターに指定されておりましたし、軍が一度討伐に失敗しておりますから、おそらく二十万ロルグから三十万ロルグになるのではないかと存じます」
二十万ロルグあれば今月分の赤字は一気に消せる。
相手が国家だから支払いについての不安もない。
遺骸の確認作業が終わり、支払われる報酬額が二十五万ロルグと決定する。
サガミは補てんが成功したことに満足して店へ帰還する。
「金を稼ぐこと自体は難しくないが、商売で安定収入を得るのは難しいな」
彼は帰ってくると、シプラ相手にそう感想を述べた。
「それ、普通じゃないですからね、店主」
そんな彼に精霊種の店員はいつものように指摘する。




