特別メニュー:コカトリスの親子丼
サガミ・ハリマは店の休みの日、少し遠出をしている。
目的地が特にあるわけではなく、人々の脅威となるモンスターがいないか、何か異変は起こっていないかを確認する見回りであった。
(何もないなら、それが一番だ)
英雄とは人々に降りかかる災いを打ち払うもので、必要ないのであればそれが最高である。
彼は自分の出番がないことを喜ぶタイプの人間であった。
ところが、残念なことにこの世界は常に優しくはないらしく、彼が寄った村では住人が暗い顔をしている。
「どうかしましたか?」
サガミは名乗りもせず、簡単に理由だけを聞く。
「ああ、旅の人ですか? 困ったことにこの先の小さな山に、コカトリスが巣を作ったようでして」
老境にさしかかった人族の男性は、生気のない顔で事情を打ち明ける。
「コカトリスがですか?」
彼は目を丸くした。
コカトリスは巨大な鶏の頭と鳥の胴体と足、蛇のしっぽを持ったモンスターである。
口からは浴びた物を石化させてしまう「ペドロブレス」を、しっぽからは毒の霧を吐き出す恐ろしい存在だ。
しかも自由に空を飛び回る能力も有するため、小さな村ではなすすべがないだろう。
「ええ。一応、都市まで人をやりましたが、騎士様がここまで来るのはいつになるか……」
村人の嘆き声がサガミの心に痛々しく届く。
当代皇帝は暗愚でも暴君でもなく、民草から救援要請があれば騎士団の精鋭を派遣することを各地の領主や太守に義務づけている。
この義務を怠った者には容赦ない斬首刑が待っていて、過去に三名が断頭台に消えた。
だからこそ村人もすぐに人を送ったのだが、都市までたどりつくまでに時間がかかるし、コカトリスを倒す戦力が送られるのにも時間が必要なのである。
「場所を教えてもらえば、私が倒しに行きますが」
サガミは草刈りの手伝いを申し出るような気安さで言ったため、村人は一瞬彼が何を言ったのか理解できなかった。
「は? 気持ちはありがたいが、無茶だぞ。コカトリスは空を飛ぶし、弓矢や石は避けるし、毒霧でやられたり、石にされた者もいるんだ。第三級モンスターにふさわしい強さなんだぞ。間違っても普通の人間が勝てる相手じゃない」
何も知らない村人は、一生懸命サガミを説得しようとする。
「ええ、知っていますよ。大丈夫です」
サガミはあくまでも名乗らない。
過去の経験では名乗った方が面倒になる場合が多いのだ。
どれだけ言葉を重ねても止めるとは言わない彼に、とうとう村人の方があきらめる。
「分かった。だが、勝てないと思ったらすぐに逃げるんだぞ。コカトリスはよっぽどのことがないかぎり、逃げる相手は追わないらしいからな」
「それも知っています」
コカトリスが逃げる相手を追うのは、巣の場所を知られたと判断した時、あるいは卵や子どもを持ち去られた場合くらいだ。
サガミは場所を聞いてまっすぐに進んでいく。
問題の山は標高百イオタ(約百メートル)ほどと小さいが、村の田畑からはあまり離れていなかった。
(この距離じゃ村の田畑全部が、コカトリスにとってはなわばりになりそうだな)
コカトリスは作った巣の周辺を勝手に自分のなわばりと認識し、不注意に侵入してきた者はすべて敵とみなして攻撃する。
田畑が荒れはじめているのは、村人たちが近づけていないせいだろう。
(さっさと倒すか。幸いコカトリスは有害指定種だ)
モンスターには保護指定種と有害指定種、それ以外と大きく三つに分類できる。
保護指定種はいくらサガミと言えども独断で倒してはいけないのだが、有害指定種であれば勝手に退治してかまわない。
彼が山まで近づくと、侵入者に気づいたらしいコカトリスが威嚇の鳴き声を発しながら、空から姿を見せる。
(いつ聞いても鶏の鳴き声にしか聞こえないな)
と彼は緊張感ゼロで思う。
このコカトリスの体長は四イオタほどで、コカトリスとしては平均的なサイズだ。
「お前たちもただ生きているだけだとは承知しているが、同胞の被害が大きくなる危険を看過できぬ。恨むならば私を恨め」
彼が無造作に近づくとコカトリスは白いブレスを吐く。
これこそがコカトリスの代名詞である石化ブレスだが、サガミが発する黄金のアニマはブレスを寄せ付けない。
まさかブレスがまったく効かないとは思いもよらなかったのか、コカトリスはぎょっとして一瞬反応が遅れる。
空に飛んで距離をとろうとするよりも早く、サガミの右手が鳥モンスターの首を捕まえた。
鈍い音がしてコカトリスの首の骨は折れ、絶命してしまう。
(コカトリスは血抜きをしてはいけないのだったか)
コカトリスの血は死後二日は肉の鮮度を保つという、不思議な効果を持つ。
血を抜くと鮮度も味も急激に劣化しやすくなってしまうため、肉を手に入れたいのであれば血を流さずに仕留めるのが大切であった。
死体を抱えて山に入っていくと、やがて怒りの咆哮が響き渡る。
番が殺されたことを知った当然の反応であった。
もしも巣を作っていないのであればすぐに逃げたのだろうが、巣を作って卵を産んだコカトリスは逃げない。
親としての本能が生存本能を上回るのだと考えられていた。
(さて、鳴き声はあっちだったな)
一度でも聞けばサガミはその場所をさがし当てることができる。
死体を持ってきたのは、怒りの咆哮をあげさせるためであった。
コカトリスの本能を利用しているのは残酷かもしれないが、じつのところどのモンスターや生き物だって自分が生き延びるため、または食料を確保するために同じようなことをやっている。
(むしろイチイチ悩むのが、我々ヒトの業だろうな)
青臭い少年だった昔ならばいざ知らず、今のサガミはすっかり割り切ってしまった。
彼が巣の近くまでたどりつけば、コカトリスが真上から高速で飛んでくる。
モンスターにしてみれば精いっぱいの不意打ちだったに違いないが、相手があまりにも悪かった。
サガミはこともなげにコカトリスの首を捉えてへし折ってしまう。
大木を砕くくらいはできるはずの怪鳥の突進も、彼の前では無意味であった。
藁や木の繊維などを上手く利用して作られた大きな巣が、太い木の枝と枝にまたがって鎮座していて、三十テラへ(約三十センチ)ほどの大きさの白い卵がある。
親たちの死体をすぐ近くに置いて、木の枝をへし折って巣ごと手に入れた。
白い状態の卵は親にあたため続けてもらわないと、生きていけない。
サガミが巣を抱えて村まで戻れば、村人たちが驚愕の表情で出迎えてくれる。
「あんた、無事だったのか」
「しかもコカトリスの巣まで……」
「討伐報酬代わりにこいつらをもらっていきますよ」
サガミの申し出に、村人たちは大いにあわてた。
「とんでもない! それだけじゃ足りない!」
何とかもっとお礼を渡そうとする村人たちをふりきり、彼は光都へ帰る。
途中で村が救援を求めたという都市に寄ってコカトリスを討伐したことを告げた。
騎士隊を編成していた太守は大変恐縮し、彼の名を訪ねる。
「皇帝に聞けばいい」
村人相手の時とは違って英雄らしい態度で言ったため、中年の太守は「サガミ・ハリマだ」と直感した。
皇帝のことを「皇帝」とだけ呼んでも罪に問われないのは、この国広しと言えどもひとりしかいないからである。
常人ならば馬で何日もかかる距離を、サガミは歩きで半日たらずで到達した。
「おかえりなさいませ」
店まで行くと、普段着のシプラが笑顔で彼を出迎える。
休みの日はいらないと何回言っても、彼女はやめようとしなかった。
「モンスターを倒すより難しい」とあきらめたサガミは、彼女に戦果を報告する。
「コカトリスの番と卵だ」
「おや、立派な戦果でございますね」
自然との共生にヒトよりも遥かに厳しい精霊種の彼女も、コカトリス親子の死は喜ぶ。
同種以外には害しかもたらさない、きらわれ種の宿命である。
「せっかくだ、試食してみてくれ」
「コカトリスの親と卵であれば、高級食材になりますが」
シプラは遠慮がちに意見を述べた。
高級料理として売りに出すか、あるいは高級料理店に売り込めばよいと。
「たまにではあるが、高級食材も扱うのが私の店だ」
サガミはきっぱりと答える。
たまにでしかないのは、彼が自力で仕入れているからだ。
「分かりました」
シプラは分かっていたという表情で返事する。
サガミがそういう男だと知っていた。
それでも一応は言っておくのが自分の役目だ、というのが彼女なりの考えであり、サガミもありがたく思っている。
しばらく時間が経過して、シプラの前にサガミが青い椀を置く。
「コカトリスの親子丼だ」
親の肉を鶏肉として見立てた以外は、大体彼が知っている「親子丼」と同じ調理法だ。
シプラはさっそく「箸」を使って試食する。
「んー、美味しい。お肉は柔らかいですし、普通の鶏肉よりずっと濃厚な味で、卵は甘くてトロトロしてて、いろんな旨みがしっかり出ています」
彼女はとても幸せそうに表情を蕩けさせながら、感想を述べた。
「そうか。問題があるとすれば、卵はひとつしか手に入らなかったから、親子丼はもう作れないという点だな」
「鶏のから揚げではなく、コカトリスのから揚げにしてみればいかがですか? あるいは単純に焼き物にするとか」
シプラの提案にサガミはうなずく。
「せっかくだし、いろいろと試してみるか。なに、コカトリスならばまた討伐する機会があるだろう」
普通の店であればめったに手に入らない高級食材だというのに、彼らの態度はじつに軽かった。