11人め「新人兵士とやきそば」
パヨナテは光都治安維持隊の新人兵士だ。
光都には城を警護し、帝族を守る近衛騎士団、光都の防衛を任務とする燦光騎士団が存在している。
治安維持隊とはこの燦光騎士団の傘下に所属する、平民のみで構成された部隊であった。
「光都の平和と安全を守る、栄えある仕事」
というふれこみを真に受けたパヨナテではなかったが、実際の仕事は予想以上によくない。
深夜とか夏で最も暑い時間帯とか、冬の一番寒い時間帯とか、三等住居区の不潔なところとか、つらい部分はすべて騎士団に押し付けられている。
騎士団は全員が貴族か、富裕層の出身で固められていて、彼らがやりたがらない仕事を代わりにやる汚れ役が治安維持隊というのが現実なのだ。
(それでもまだマシだ)
仕事はつらいし、騎士団は横暴で不愉快な連中なのだが、収入は安定していて年金にも期待ができる。
何年も勤めていれば基本給があがるため、両親に楽をさせてやることも不可能ではない。
二等住居区出身で手に技術がなければ教養もないパヨナテが選べる職業としては、かなりよい方だった。
(一番気が利いているのは、食事手当だよな)
と彼は思う。
治安維持隊は勤務中の食事回数に応じて、四ロルグ(約四百円)の補助が出るのだ。
昼食と夕食、あるいは夕食と朝食をとる時間帯に勤務すれば、八ロルグの臨時収入である。
この食費補助制度は平民の兵士たちにとても人気があるため、なかなかそうはいかないのだが。
パヨナテはこの制度を利用して、二等住居区にある飲食店の食べ歩きをしている。
今日選んだのは「フジニシキ」という変わった名前の店だ。
名前ばかりか、料理も変わったものが多いという。
(英雄サガミ様がやっているなんてうわさまである、奇妙すぎる店らしいな)
そんなバカなとパヨナテはもちろん、兵士たちの誰もが笑ったことだ。
世界的な大英雄サガミであれば、飲食店などを開かなくとも一生食うのに困らないだろう。
看板を見て入ると、すぐに店員が対応する。
「いらっしゃいませー」
清流のような声の主は、唯一の従業員であるシプラだ。
(精霊種だと? 珍しいな)
パヨナテは思わぬ種族の登場に目を丸くする。
精霊種は長寿だし、人間ほど繁栄に興味がなく、おまけに戦えば非常に強い種族であった。
かつて西の大国が彼らの容姿、種として優秀さ、彼らが領有する地の資源を狙って大軍で侵攻したが、惨敗したうえに首都を攻め落とされてしまったという。
以降、精霊種に悪いちょっかいを出そうとする輩は出ていない。
いくら光都が大陸屈指の大都市だからと言って、彼女のような精霊種が働いているとは大変不可解であった。
彼は平民出身だが、治安維持隊に入った際に「基礎教養」と称してこのあたりのことを叩き込まれたため、それなりの知識を持っていた。
「こちらの席にどうぞ」
当のシプラはパヨナテの反応を、まったく気にしていない。
精霊種でまず驚かれるし、「百万ロルグの美貌」でも耳目を集めるせいで、いちいち気にしていられないというのが本音であろう。
「無料で水だと? しかも美味い!」
というこの店ではよくあるやりとりを経て、彼は献立を手にとる。
「献立は読めますか?」
シプラの問いにパヨナテはうなずいた。
もともと読み書きは不得意だったのだが、兵士ともなるとある程度はできないとまずいという理由で、やはり叩き込まれたのである。
「スパゲティ、チーズ、パン、サラダ、ステーキなんかは分かるけど……ヤキソバやしちゅーって何だ?」
「ヤキソバは麺を焼いてソースをかけたもの、シチューは野菜や肉がたっぷり入った主食になるスープでしょうか」
シプラの説明を聞いた彼はしばらく悩んでいたが、とうとう料理を選ぶ。
「じゃあヤキソバにしよう」
決め手となったのは料理の値段である。
焼きそばは四ロルグだったが、シチューは六ロルグなのだ。
パヨナテにとってこの二ロルグの差は非常に大きい。
「かしこまりましたー」
シプラが下がるのをぼーっと見送った彼は、何となく店内を見回す。
こじんまりとしたあたたかみのある店だが、内装もまた珍しいと思う。
店内にいるのは若い男が多く、それから少女と呼ぶべき年齢の人間族もいる。
うち片方は母親らしき人とふたり組だ。
一人の方は見たことない形と色をした、コメらしきものを美味そうにほおばっている。
母娘が食べているのはコメが入った白いスープなのだろうか。
(コメをずいぶんと斬新な方法で食べるんだな)
パヨナテは感心した。
新しいものや珍しいものを好む彼にしてみれば、新鮮でうれしいことである。
焼きそばを選んだのは値段もあるが、シチューは「野菜が入ったスープの一種」と認識をしたからだ。
「お待たせしました。焼きそばです」
やがてシプラはソースの匂いと湯気が立ち込めた、食器を持ってくる。
「これは何の匂いだ?」
「あ、これはそばにかけるソースなんです。もしかして苦手ですか?」
彼女は少し不安そうな顔になった。
彼女自身はいい匂いだと思うし、食べた人間の評判は悪くないのだが、苦手な人もいるという点は忘れてはならない。
「いや、いい香りだよ。初めてかぐ匂いだから、ちょっと気になってね」
「そうでしたか」
シプラは胸をなでおろす。
パヨナテはフォークをとって食事を始める。
「肉に野菜も意外と大ぶりで数も多いな……これで四ロルグとは。いや、水がいっぱい無料の店だからありえるのか」
軽く衝撃を受けてぶつぶつ言いながら、彼はパクっといく。
「んん、美味い」
麺もいいし、ソースもいい。
しょせんパヨナテには美味いかまずいかしか分からないのだ。
美味ければすべてよし、である。
「気に入っていただけましたか」
シプラはニコニコとしながら、彼に話しかけた。
「普通はもっと高いのだが、この店は良心的だな。それとも他の店が高いのか?」
パヨナテの疑問に彼女はすかさず応える。
「うちのお店は特殊な方法で経費を削減しているのです。だから他のお店を責めるのは気の毒ですよ」
サガミがその気になればさまざまな物品を無料同然で手に入れることも可能だ。
このような規格外の店と一緒にされては他の店の立つ瀬がない。
それを分かっているから、いっぱいめの水以外は他の店と大差ない価格に設定してある。
「普通は他の店を悪く言って、自分のところを持ち上げそうなものだが、君たちは逆なんだね」
事情を知らないパヨナテにしてみれば、シプラの態度は非常に誠実に映った。
彼女にとっては不本意であるものの、事情をばらすわけにもいかない。
「解釈はお客様のご自由に」
と言ってそそくさと離れていくしかなかった。