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実家の母がやたらメッセージを送ってきます。

作者: 猫の玉三郎

 ——おはよう優介くん。今日はとても気持ちがいい天気です。


 先日、実家の母がスマホデビューをした。そして息子である俺に、練習と題し何かとメッセージを送ってくる。主に飯の事だ。俺が1人暮らしを始めて半年。子育ても終わり、専業主婦である母さんは暇を持て余しているもよう。ちなみに昨日は父さんと外食に行ったらしい。相変わらず仲がよろしいこって。ところで母さん、なぜ息子相手に敬語なんですか。


 ——お母さんは昨日、怖い夢を見ました。優介くんが、リストラされて無職になる夢です。ニートになっていませんか?


 なんちゅう夢を見てるんだ! 縁起でもない。というか女性の夢の話ほど返事に困るものは無い。夢の話題にどう返答しろと言うんだ。俺は眠たい目を擦りながらベッドから抜け出し、洗面所へ向かう。またポンっとメッセージが届く音がした。


 ——朝ごはんは、お味噌汁とご飯と、鮭と浅漬けを食べました。シラス入りの卵焼き、お父さんが美味しいと言ってくれました。優介くんはちゃんと朝ごはん食べてますか?


 実家にいた頃は出された朝食を食べていたが、1人暮らしを始めてから朝食は取らなくなった。用意だ片付けだが本当に面倒だからだ。俺は手早くスーツに着替え、家を出た。


 ◇


 ああ、しまった。取引先からクレームだ。原因は俺。電話を受けて、内容を上司に伝え忘れていた事が原因だ。取引先には謝罪し、上司にはこっぴどく怒られた。はあ、最悪だ。社会人になって、だいぶ怒られた。お気楽な学生の頃が懐かしい。自販機で買った甘めのコーヒーを流し込む。ああ、腹減ったな。昨日の夜何食ったっけ。覚えてないな。


 スーツの下には少しヨレたシャツ。アイロンかけるのが難しい。何でも母さんが用意していた頃が懐かしい事この上ない。1人で暮らしてみて、初めて親の有り難みが分かると聞いたが。まさにその通りだった。炊事洗濯、買い物に掃除。自分でやらないと誰もしてくれない。当たり前だけど、それが身にしみて分かった。


 また母さんからメッセージが来ていた。


 ——お昼ご飯は、お母さん特性・冷やしうどん温玉スペシャルを食べました。優介くんは何を食べてますか?


 画像まで付いてる。見覚えのある器に、茹でたうどん、キュウリ、トマト、ツナが盛ってある。真ん中には半熟玉子。美味そうだ。ていうか何で母さんはそんなに飯ネタを寄越すんだ。

 俺はスマホのカメラを起動させ、コンビニで買った唐揚げ弁当と菓子パンを、写真に撮った。文字はつけず、写真だけを母さんに送る。すぐに返信を告げるポンっという音が鳴る。


 ——コンビニですか(´Д`|||) がーん


 何ですかその顔文字。


 ◇


 それからポンポンとメッセージが届く。どうもコンビニ飯が心配らしく、料理のレシピをどんどん送っている様だ。母さん、俺仕事中なんですけど。ざっと20件くらい未読が溜まっている。どんだけ料理教えるつもりだよ。


 15時の休憩に一気に確認した。俺が好きそうな料理のレシピがズラズラと並んでいる。そこまで見ても俺は返事を返さなかった。なんか恥ずかしいからだ。するとまたポンと軽い音を立て、メッセージの新着を告げる。


 ——まあくん、優介くんが返事してくれないの。わたし寂しい( ๑´•ω•)しゅん


 『まあくん』? なんだこれ。しかも敬語じゃない。うちの母親はおっちょこちょいな面がある。送り間違えだろうか。するとすぐまたメッセージが届いた。


 ——さっきのは間違いです。ごめんなさい。


 間違いですよね。っていうか送る相手は誰ですか。もしかして俺のお父様の雅彦(まさひこ)ですか。……またメッセージが来た。今度は母さんからじゃない。まさか。


 ——優介。お母さんに返事してやりなさい。


 やっぱ父さんかよ! 絶対「まあくん」て面じゃないでしょ! 

 あの人極道面だよ? 身体デカいし顔怖いし、小さい子ギャン泣きするレベルの人だよ? そんな風に呼んでたなんて衝撃なんですけど! 父さんも即レスしてないで仕事しなさいよ!!


 俺はがっくり肩をうな垂れながら、「ありがとう」とひと言だけ、母さんに返事をした。


 ◇


 仕事を終え、家路につく。駅から降りたあと、いつもいく定食屋で夕食を済ませた。なんの感動もなく、ネットのニュースを見ながら単純作業の様に飯を食う。家に帰ると玄関で靴とスーツを脱ぎ捨て、部屋着に着替えた。

「ああ、今日も疲れたー……」

 俺はどうも昼にやらかしたミスでヘコんでいるらしい。気分が重い。あーあ。俺、何やってるんだろう。


 また、ポンと音がした。


 ——今日の夕ご飯は、サンマの塩焼きとお味噌汁、あとピーマンの素揚げにしました。大根おろしがとっても辛かったです。デザートには梨を食べました。優介くんは何食べましたか?


 また飯ネタだ。どうもうちの母親は、毎度飯を話題に挙げないと気が済まないらしい。おれは「なんかテキトーに食べた」とだけ返した。


 社会人って、こんな感じなんだろうか。毎日仕事して、流れ作業の様に飯食って、寝て起きての繰り返し。味気ない日常。子どもの頃に夢見てた、キラキラとした未来は見る影もない。このまんま、普通に結婚して、普通に子どもとか産まれたりするんだろうか。ううん、なんか想像出来ない。俺、このまま独りで良いかもしれない。


 ふと、実家での暮らしを思い出した。おっとりした母さんに、強面だけど優しい父さん。美味い料理を囲んで、いっぱい喋ってたくさん笑ってたあの時。毎日が生き生きとしてた気がする。泣いて怒って怒られて、嬉しかったり楽しかったあの頃が、急に遠くに感じられた。……俺が最後に大笑いしたのって、いつだっけ?

 そこまで考えて、都会の隅でポツンと1人、色味のない生活をしている自分が、ひどく寂しいモノに思えた。将来はどうなるんだろうか。きっと今と大差ないに違いない。


 テレビをダラダラ見て、風呂も入り終えて、さあ寝るかなという時。またスマホがポンっとなってメッセージの新着を告げた。


 また母さんだ。しかし、いつもの短い文章ではなく、びっしり文字の埋まった長いメッセージ。どうしたんだろう。俺はベッドに寝転びながら、ゆっくりと文字を目で追った。



 お仕事お疲れ様です。そちらの暮らしはだいぶ慣れましたか? お母さんは、優介くんが居ない生活にやっと慣れてきました。お父さんと二人で仲良くやっています。


 優介くんが産まれて、もう23年が経ちましたね。お母さんはあなたが産まれて来た日をよく覚えています。元気な声で泣いてくれて、小さい手足をばたばたさせて。お父さんとお母さん、とっても嬉しかったです。それから家族3人でいっぱい泣いて、いっぱい怒って、いっぱい笑いましたね。1つ1つが、お母さんの大事な思い出です。


 大人の世界はどうですか? 辛くはないですか? ご飯はしっかり食べてますか?


 前に紹介してくれた彼女とはどうなりましたか? 良い人が出来たら、ちゃんと教えてくださいね。


 お母さんは、お父さんと出会えて幸せです。とても、とても、幸せです。優介くんが産まれて、もっと幸せになりました。愛する人との子を育てる喜びを、優介くんにも知ってほしい。お母さん達が優介くんに会えて、どんなに幸せだったか、知って欲しい。新しい命を授かり、育てていく感動を、感じて欲しい。


 そうやって命は繋がっていくのです。


 優介くん。お母さんの所に来てくれて、ありがとう。元気に育ってくれて、ありがとう。お母さんはいつでも貴方の味方です。


 ハッピーバースデー、優介くん。



 ……な、んだ、これ。

 文章を目で追ううちに不本意ながら目頭が熱くなってきた。鼻がツンとする。なんだよ母さん。ズルいだろこんなの。今までこんなの言ったことないくせに。

 垂れてきた鼻をズルっとすする。俺が産まれてそんなに嬉しかったのかな。好きな人との子どもって、そんなに可愛いのかな。そうなんだろうなって気はするけど、俺にはまだピンとこない。だけど。母さんがとても幸せそうだというのは、伝わってきた。母さん、なんだかんだ毎日楽しそうだった。父さんも、同じように感じてくれてるんだろうか。なんかむず痒い。


 そうか、そういう未来もあるのか。好きな人と結ばれて、大事に子どもを育てる未来。俺が過ごした楽しかったあの頃を、自分達で築く事が出来るのか。美味い飯をみんなで囲って、みんなで笑った、あの日を。俺に出来るだろうか。わからない。でもそう考えたら、グレーがかった将来のイメージに、ほんのり色がついた気がした。


 味噌汁、作ろうかな。あと、家でよく食べた豚肉とモヤシのピリ辛味噌炒め。仕上げにネギと胡麻をぶっかけたヤツ。卵焼きとか、煮物とか、焼き魚とかも。ああ、漬物も食いたい。ホットケーキミックスで作ったドーナツも美味かったな。どれもこれも、昼間に母さんがレシピを送ってくれた。


「……う、ふぐっ……」


 どんどん涙が頬を伝う。鼻水もだ。ああもう、鬱陶しい! ティッシュはどこだ! もう、なんか、色々出てくる!

 鼻を噛みながら、俺はひと言だけ返事をしようと思った。恥ずかしいから返すのはイヤなんだけど、これだけはどうしても伝えなきゃいけない。俺はスマホの画面を指でスイスイと動かし、短いメッセージを作った。なんだか笑いがこみ上げてきた。ったく、母さんはそそっかしい。息子の大事な『アレ』は間違えないでくれよ。


 ——ありがとう。でも母さん。俺の誕生日、来月だから。


 ちょっとぬけてる母さんは、俺の誕生日をひと月間違えてるようだ。あんなに嬉しいだのこっぱずかしい事言ってたクセに。


 もう笑っていいやら、泣いていいやら。とりあえずまた思いっきり鼻を噛む。するとすぐにポンと小気味良い音がして返事がきた。さてさて、いったいどんな弁明をするつもりなのやら。


 メッセージを開くと、そこには短い文と顔文字。


 ——めんご(๑❛ڡ❛๑)♡


「はは、なんだよこれ」

 俺は堪らなくなって笑い出した。なんだこの顔文字は。もう、母さん流石すぎる。そうこうしていると、モヤモヤした感情はキレイさっぱりなくなったみたいだった。


 ああ。もう本当に。

 母さんにはかなわない。


 面と向かっては言いづらいけれど。

 ありがとう、母さん。父さん。


 俺、頑張るよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ブックマークさせて頂いていたのですが、久しぶりに読み返してみました。 やはり素晴らしく、心にストレートに響いてくる作品ですね♪ 一人暮らしを始めた頃、母が色々と送ってくれた荷物に不器用な…
[一言] ボロ泣きしてしまいました。 あぁこれは、社会を生きる誰しもの心に響く物語だ。と、本当に思いました。 何だか元気になれました(笑) ありがとうございました! P.S.お母さんかわいい。
[一言] 敬語ではなかったけど、上京してしばらくは似たような内容のSMSを母親が毎日送ってくると共に、大量の食材も一、二週おきぐらいに送ってきました。その当時の事を思い出してほっこりしました。
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