表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

四、イワナガ,ヤシマジヌミを介抱す

 木の焼けるほのかな匂いが漂ってきて、ヤシマジヌミはうっすらと目を覚ました。

 きちんと横に寝かされた自分を、やわらかい布団が包んでいる。上半身がすうすうする。上の装束がきれいさっぱりなくなって、代わりに少し湿った包帯が胸板と首に巻かれていた。額には濡らした布が置かれ、右腕全体がなんだか動かしにくい。ぼんやりした目だけで自分の右腕をうかがうと、木の板か何かで固定されていた。骨を折ったんだろうか。


 いやそれよりも。

 いくらお山に強い自分といえど、崖から落ちた失態をここまで自力で挽回するほどの器用さは持っていない。岩に背をうちつけて川に流されてからの記憶がすべて吹っ飛んでいるから、無意識のうちにここまでやったんだろうか。――いやそんなわけがない。


「あら、目を覚ましたのね」

 左方から、少し高い女の声が聞こえてきた。

「起きられる?」

「大丈夫、です」

 ヤシマジヌミは片腕でどうにか上半身を起こす。

 女――と思しきそのものは、ローブを目深にかぶって顔を隠していた。そのため、彼女の表情がうかがえない。口元だけはわずかにわかった。

「君が助けてくれたんですか?」

「ええ、川下の岩に引っかかっていたから、偶然にだけども」

「そうでしたか……。助けてくれてありがとうございます。いてて、治るのは時間がかかるかな……」

 ヤシマジヌミは右手をさする。痛みはひいてきたが、骨はまだ修復の途中だろう。八百万の神は人間より傷の治りが早い。切り傷程度なら瞬く間に塞がる。骨折も半日とたたずに癒える。だが今回は、まだ骨はくっついていないようだ。

「無理して動かない方がいいわ。見つけた時はとてもひどいけがだったもの。今だってやっと塞がってきたところなのよ」

「そんなにひどかったんですか? 助けてくれてありがとうございます。えっと……君は、このお山にお住まいなんですか?」

「そうよ。もう長いことずっと、ここにいるわ」

「へえ……。あっ、そうだ! 他にもお住まいの方はいませんか?」

 ヤシマジヌミは、川に落ちる前に見かけた美貌の者を思い出す。顔を隠した女にその者の特徴を伝えたが、彼女からは首を傾げられただけだった。

「どうかしら。私、このお山に住んでいるとはいっても、活動範囲は狭いから……。もしかしたら、私の知らないところでお山の住人がいたのかもしれないわ。力になれなくてごめんなさいね」

「いえ……。でも探さないといけません。このお山には危険度最高単位の瘴気が満ちています。うかつにお山を出歩いていたら、被害が及んでしまいます。もちろん君にもです」

 ヤシマジヌミは器用に片腕で装束を着る。女が綺麗につくろってくれていたようだ。ぼろぼろの装束と外套が、とても新しく見えた。

「心配してくれてありがとう。でも、あなたの怪我が治るまでもう少し時間がかかるわ。それに、お山の浄化の仕事といっても、一日や二日で終わるようなものではないんでしょう? よかったら、この家屋を本拠地にしてはどう?」

 女はヤシマジヌミにとってありがたい提案をみずから投げかけてくれた。彼女は食料さえ持ってきてくれれば、寝る場所と食うものはきちんと用意してくれるとのことだった。しかも、傷をたちまちに癒す薬草などの調合も請け負うとまで言ってくれた。

「い、いいんですか……? こんなによくして頂いて。そりゃ僕、お山での狩りは得意ですから食材取って来るのはわけないですし、何ならお裁縫とか家具の修理もできますし、いくらでもお手伝いできますけど……。見ず知らずでよそ者の僕をここまで助けて下さるのは、どうしてですか?」

 ヤシマジヌミは正直に問う。誰かの好意には素直に甘える性格の男だが、今回ばかりはなぜか聞かずにいられなかった。ヤシマジヌミという名はお山界隈で有名であるが、彼はまだ名乗っていない。ヤシマジヌミだからという理由での好意ではおそらくないだろう。

 女は口をむぐむぐと動かし、答えた。

「ここはね、このお山に迷い込んだ者の休息の場でもあるの。だから、困っているひとがいたら、助けるのは普通なの。特別なことは何もないわ」

「そうでしたか……。ごめんなさい、ご好意を疑ってしまうようなことを……」

「いいのよ。誰だって、こんな顔を隠したおかしな女に拾われたら、驚くものね」

「そんなことありません! えっと、君は確かに顔を隠していますが、その行為は本物です! 今ならわかります。僕、御霊を視るのは得意ですから」

「……失礼だけど、あなたの方がよっぽどおかしなひとね」

「そうでしょうか。うーん、そうなんですかね、よく言われるんです。なんでだろ……」

 頭をがりがり掻き、ヤシマジヌミは改めて問う。

「では、しばらくの間お世話になります。できるかぎりがんばりますから、何でも申し付けてください」

 深々と頭を下げるヤシマジヌミに、女がきっぱりと告げた。


 

「ええ、怪我が治るまで、貴方を泊めてあげる。その代わり、私の顔を絶対に見ないと約束してちょうだい」

 低くこもった、冷たい声が有無を言わさぬように、ヤシマジヌミに突きつけられる。女の顔のことは深く追求するな、とは母の言葉とわきまえているヤシマジヌミにしてみれば、簡単な約束だった。

「はい。お約束します。お顔は見ません。見せないように、しっかり隠していて下さいね」

「わかっているわ。……やっぱりあなたは相変わらずおかしなひとね」

「んん、よく言われるんですがどうしてなんでしょう……? あ、そういえばお名前、言ってませんでしたね。僕はヤシマジヌミと申します。君のお名前をうかがってもいいですか?」

 名を聞かれた女は、口をもごもごと動かし言葉に困っているようだった。だがすぐにふっと口を開いた。

「……。イワナガよ」

「いわなが、さん……ですね。これから、よろしくお願いします」

 ヤシマジヌミが、朗らかに笑う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ