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二十二、依頼報告~終文

 シャルラの気配が、お山から消え去ったのをヤシマジヌミは確認した。

 張り詰めていた空気が緩み、ふわふわと浮かんでいく。肌にまとうそれらが心地よい。

「チル、立てますか」

「ええ、ありがとう」

 ヤシマジヌミはチルの手を取って立たせる。彼女の怪我はすべて治っていた。長い髪を風に揺らして、ヤシマジヌミに微笑みかけている。それを見たヤシマジヌミはほっとする。

「お山の瘴気が……」

 チルの言葉に、ヤシマジヌミはあたりをぐるっと見回す。


 風が吹き抜けていく。今までの澱んだ空気が一層され、木々や草々に生気が宿っていた。

 凶暴化していた獣たちも穏やかな心を取り戻し、このお山全体がもとのあるべき姿へと戻って行った。


「ここは……こんなに素敵なお山だったんですね」

「そうよ、お父様のお山だもの」

「確かに。そう言われればそうですね」

「そういうものね」

 

 シャルラは言っていた。天の神と地上の神々の結束を揺るがすために、歴史を塗り替えたと。

 その歴史の中で、ヤシマジヌミは確かにチルを思い出した。なかったことにされたチルを、思い出すことができた。

 そして今、日本を覆っていたにせの歴史が消えている。存在していなかったものが戻ってきた。それがチルなのだ。


「チルと出会えてよかったです。このお山の瘴気を祓うため、父さんの依頼を引き受けて正解でした」

「あら、スサノオ様からの依頼だったのね。……それにしても、どうしたの、急に?」

「いえ、何となくです」

「そう。変なヤシマ」

「うーん……どうしてそうよく言われるんでしょう」

「胸に手を当てて考えてみては? それで、お山の穢れは祓ったわけだから、できるだけ早めに依頼の成功を報告した方が良いのではなくて?」

「あっ、そうですね! 報告は迅速に、これも鉄則です!」

 チルに促されてヤシマジヌミはそれも思い出す。

 急いでお山を下りようとして、ヤシマジヌミはふと、立ち止まる。


「……ヤシマ?」

 ヤシマジヌミはチル姫へ手を差し伸べた。

「一緒にお山を下りましょう、チル。瘴気の問題はなくなったわけですから、チルもお山から下りて、何の問題もありません」

 チルがこのお山に閉じこもって結界を張っていたのは、ひとえに危険濃度の瘴気を外へ漏らさないためだ。だがそれの心配もなくなった。

 チルは微笑んでその手を取る。

「喜んで、ヤシマ」

 二人の手はしっかりと繋がれた。



 その後、ヤシマジヌミは依頼の報告を速やかに終え、父スサノオの待つ屋敷へと戻った。

 隣には、幼いころに将来を誓い合った女神――コノハナチル姫がいる。


 ヤシマジヌミは晴れやかな顔で、再び故郷へ帰省した。


「父さん、母さん、会ってほしいひとがいるんです」




 ――。


 ――――。


「これがわたしの聞いたすべてだ」

 喉が渇いたよ、とその者は傍らに置いてあった茶を飲む。それは私のぶんだというに。

「ずいぶん奇妙な話だな」

「きみならそう言うと思った。でも事実だ。何せ、本人全員から聞いたんだから」

「嘘をついているという可能性は?」

「ないね。嘘だと言うなら、今までわたしが語ってきたすべての歴史が嘘まみれになってしまうよ。それはきみにとって本意ではないだろ?」

「まあ、な」

 というか、それが嘘であっては困るのだ。私がこの男から聞かされ記録している話に事実が何もないのだとしたら、この国の歴史や根幹を大きく揺るがすこととなってしまう。よって、いくら信じがたいことであったとしても、これは認めるべきなのだ。認めるしかない。


「さて、わたしは語るべき裏話をすべてきみに話した」

 そいつは伸びをして立ち上がる。

「その話を、きみがどう活かすかは、わたしの知ることではない」

 その通りだ。男は帝より聞いた話を私に告げるだけの役割を持っている。語って、それ以降の役目など持ち合わせていない。

 男は不敵に笑って、私に言うのだ。


「きみはこの話を記録してもいいし、いらぬものだと聞かなかったことにしてもいい。

 この裏話は、きみにだけ聞かせた。これを後世に残すか消すかは、きみに託すよ」


 そう言って、男は部屋から出て行った。

 男に聞かされた話を頭の中で整理して、私は筆をとる。


 正直言って、いまだ信じがたい話だと一蹴する私がいる。そもそもシャルラという人物は、日本の外から来た神なのだ。その神が日本の歴史を塗り替えたり、日本を乗っ取ろうとして一柱の神に呪詛をかけたりなんて、一体だれが信じるんだろうか。

 どの時代まで越えれば、これを真実として受け止めてもらえるんだろうか。


 少なくとも、男の話した歴史は真実だ。確かな根拠といえば、あの男が私に対して嘘をついたことがないというものくらいだ。私は男の語ったことを信じることにしている。だが万人がそうそう信じてくれるわけではない。

 そしてこれは、のちの歴史に残すべき事柄だろうか。一柱の神がひっそりと日本を守ったこの話を、歴史書に残すべきかどうか。私の迷いはそこにある。


「……馬鹿らしい、馬鹿らしいこと。だけど、」

 私は粗末な紙を、道具箱から引っ張り出した。さっきまで使っていた高級な紙はそっと片づける。

 粗末な紙に筆を滑らせ、忘れないうちに男の話を記録した。


 歴史書に残すほどのことではない。だが、馬鹿な話と一蹴するには惜しい程度の魅力を覚える。

 私が無二の親友から伝え聞いた話である、そういう前置きで、これは残すことにした。



 ――がさがさと木々の葉を揺らしながら、八嶋士奴美(やしまじぬみ)はお山の森を駆け抜ける。


 私は冒頭を書き始め、紙が許す限り、記録した。

イワナガとちる、これにて完結です。長らくのお付き合い、ありがとうございました!

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