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二十一、ヤシマジヌミ,取引す

 撃った! 目的が一つ達された! ヤシマジヌミは確かな高揚感を得ていた。

 地面を踏みしめ、仰向けに倒れているシャルラを注意深く観察する。強敵を倒した直後の解放感と興奮、これは厄介な敵であると父から言い聞かされた。油断しているところを不意打ちされぬよう、相手の息の根が止まっているのを確かめてから、初めて安堵しろ。その言葉を噛み締める。


「どうして」

 シャルラが呟く。ヤシマジヌミは答えない。棍の先端――宝石部分を突きつけてシャルラの動向をじっくり伺っている。不意打ちされないよう、充分気を配っている。父親の言葉には素直に聞き入れる性分が幸いした。父のスサノオは、その父イザナギには常に反抗しっぱなしだったという。そして味わった後悔があるから、息子にはそんな思いをしてほしくないという親心があったのだ。


 じりじりとシャルラから距離を置き、ただし目を離さないよう心掛ける。何があっても常に対応できるよう、臆病なほどにヤシマジヌミは動いていた。

 草を踏む音がさらさら流れる。棍を構え、足の感覚だけでチルとの距離をはかる。

「……ヤシマ」

「チル、大丈夫ですか」

「問題ないわ。シャルラも、力を失っている。もう大丈夫よ」

 それでもしつこくシャルラを見守っていたヤシマジヌミは、ようやく彼から目を離した。

 仰向けに倒れていたチルは、上半身だけを起こす。ヤシマジヌミはそっとチルを支えた。不思議なことに、貫かれたはずの彼女の胸は、すでに傷がふさがっていた。

「傷は……?」

「癒したの。完全にはふさがっていないけれどね。魔物たちを攻撃するために使っていた神力を、体の治癒力に回したおかげで、回復速度が上がったの」

「そんな……そんなことしたら、いくら僕がいるからって、チルが無防備になってしまうじゃないですか」

 チルは攻撃を中止して、自分の体の回復を優先した。一歩間違えればその判断虚しく、チルが死ぬところだった。

 魔物を生み出す元凶シャルラをヤシマジヌミが無力化しなければ、ずっと魔物は増えていた。その魔物をなぎ倒す術を自ら放棄しては、身を守る鎧を脱いだも同じなのだから。

 だがチルは笑って見せる。

「あら、なんてことはないわよ。だって貴方がシャルラを討つって信じていたもの」

「チル……。嬉しいですけど、複雑です……。次はこうならないよう、もっと僕が強くなりますから」

「ええ、楽しみにしてるわ」

「はい。……さて、仕事の仕上げが残っていますね」

 ヤシマジヌミはチルの手を引いて立たせる。さっきまでずっと監視していた黒幕に、再び視線を戻した。


 シャルラはというと、ヤシマジヌミの一撃により力を奪われていた。そのため獣を創りだすことができず、仰向けに倒れているのを必死に起こそうとする。うまく体に力を入れられないのか、まるで虫が這いずるような無様な状態を曝すことになった。

 だけれど眼差しの憎悪は強く、ヤシマジヌミに向けられる。ヤシマジヌミはそれを真っ向から受け止めてもひるまない。相手の眼光が単なる強がりであるとわかっているからだ。


 ヤシマジヌミは棍を背に負い、シャルラの手を取り後ろへ引っ張った。シャルラの上半身が起こされ、座り込んだ形になる。

「……情けでもかけたつもりか」

「いえ、情けなんてかけません。あなたは敵ですから」

 ヤシマジヌミは淡々と答えた。

「ならばどうして起こす?」

「最後のひと仕事の為です」

 ヤシマジヌミは棍を再び構え、宝石部分をシャルラの鼻先に突き付けた。

 宝石が煌々と輝き、シャルラの視界を奪う。少しして光がおさまる。

「よし」

 宝石へと何かが吸い込まれていく。光の粒子にも似たそれはシャルラの全身から抜け出していった。チルはそれをじっと見守る。

「く」

 シャルラの体がまだがっくんと倒れる。ヤシマジヌミは彼の肩を支えた。

「触れるな、地上の者どもが」

「そんな者に手を借りなければ自分の体も支えられないあなたは何なんでしょうね」

「屈辱だな」

「そう感じて頂けるなら、僕の行動は良い方向に向かっている証拠です」

 ヤシマジヌミは立ち上がる。


「シャルラさん、あなたの持っている神力の殆どを、僕が奪いました。同時に、無駄遣いするとたちまちあなたが力尽きる程度には、神力を残しておきました。余計なことをしなければ、あなたの故郷に帰れるくらいには残っているはずです」

「……何」

「猶予は三日です。三日のうちに、このお山から……いえ、この日本から消えてください。三日以内にさっさとお家に帰っていただけるのなら、僕もあなたの息の根を止めません。神力の回復を待っても無駄ですよ。僕の棍が、あなたの神力をこれ以上回復させないよう、ずっと機能してますから」

「はっ! 甘ったれた子供だな。私はその小娘を利用して山に穢れを蔓延らせた敵だというのに? 生かして突っ返すわけか? ここで殺さぬのは臆病だからか? お人好しの馬鹿だからか?」

「別に、どっちでもありません。単に、あなたは僕が手をかけるほどお強い方とは思えないだけです」

「いずれまたここを襲いに来るやもしれぬのに?}

「その時はまた同じように撃退すればいいだけです。

 これは慈悲です。今回あなたを生かしたのは、あなたの上司さんやお仲間へ僕らの脅威を伝えてもらうためでもあるんです。僕ら八百万の神々を怒らせてはいけないということを。

 そして同じく慈悲で帰すんです。一度の襲撃なら見逃して差し上げますが、

 次は容赦しません。そういうことです」

 ヤシマジヌミは本来穏やかな性格の神だ。自由に日本各地を駆け回るが不要な争いごとは常に避けて通る。長く旅人として日本各地を渡り歩いて来たから、何か危険で何が最善かをよく知っている。この性格は母から受け継いだものだろう。


 だが同時に、父と同じ気性の荒い性格も充分に受け継いでいた。敵と見定めたものには容赦がない。一度や二度であれば多少は容赦するが、三度めに慈悲はない。

 次にまた日本を害なせば、彼は一切の言い訳も懺悔も聞かない。この気性は、ある意味でスサノオよりも強かった。


「無様に逃げ帰って下さい。そしてお仲間さんに伝えてください。


 次に同じことをしてきたら、あなた方天界人一切を例外なく『敵』とみなし、種を根絶やしにします、って」

「……」

「別に、ここで抵抗して撲殺という選択肢でも全然構わないのですけど」

「…………ふん、甘ったれの神め」

 シャルラはヤシマジヌミの手を振り払い、よろめきながら立ち上がる。


「いいだろう、その言葉に従ってやる。

 だが忘れるなよ。我々天界人にとって、貴様ら地上を這う神共など雑魚にも等しい。根絶やしにするどころか、返り討ちにあって泣き言をこぼしてくれるなよ」

「そっくりそのままお返しします」

「いけすかぬ子供だ」

「貴方も結構子供ですね」

「ふん」

 憎まれ口をシャルラが零した。最後に告げた言葉は、どうしても聞き取れなかった。シャルラの国での言葉だろうか。

 橙色の光がシャルラを守り、天へと昇っていく。

 そこに、すでにシャルラの姿はなかった。

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