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二、ヤシマジヌミ,須賀へ帰郷す

 両親が暮らす地・須賀。ヤシマジヌミは三年ぶりに帰郷した。

 今まで、お山の浄化の為に中つ国を駆け回っていたから、ろくに帰る暇さえなかった。新年のあいさつには来いという父の頼みも蹴ってしまっていた。

(父さん、怒っているでしょうか)

 ヤシマジヌミはうーんと唸りながら須賀の家へと歩いていく。肩に負った革袋には、土産物が詰め込んである。とりあえず、物で釣って両親のご機嫌をうかがっておかなければ。


 数年も帰っていなかった須賀の地は、それでもヤシマジヌミにとっては懐かしさで溢れていた。幼少時に駆けまわった道、父親に叱られて家に帰りたくないと駄々をこねた時に団子を出してくれた茶屋、すがすがしい空気、みちゆくひとびと。

 三年の時は須賀の地を大きく変えたが、根っこの部分は変わらない。ヤシマジヌミが最後に会った子供は、自分と同じくらいの立派な青年になっていた。話しかけられるまで、その子供だとわからなかった。長らく世話になっていた茶屋の主人は、見た目は変わらないが、動きが少し年老いていた。動作がゆったりしていて、茶いっぱい運ぶのにも常に慎重さを欠かさない。


(人や神や妖怪と一緒に、須賀も年をとったんですね)

 しみじみと物思いにふけりながら、ヤシマジヌミは実家を目指す。


 須賀のさらに奥へ進んでいくと、広い畑と大きな御神木に守られた小さなお屋敷が見えて来る。畑の土を手のひらに拾い上げては真剣な眼差しで睨む母が、畑にしゃがんでいた。

 ざっ、ざっ、と土を踏みしめ母に近づく。足音に気づいた母親――クシナダ姫は、こちらを振り向き、ぱっと目を見開いた。


「や、ヤシマ……?」

「お久しぶりです、母さん」

「ヤシマ――――!!」

 クシナダがばたばたと駆けヤシマジヌミに勢いよく抱き着く。どーん! と遠慮のないタックルを食らうが、ヤシマジヌミはお山で鍛えた足腰で踏ん張った。

「うわ、っととと……。あ、相変わらず強烈なアタックですね、母さん……」

「もー、やっと帰ってきたのね? ずっと家を空けっぱなしだったから心配したのよ……!」

「ごめんなさい……。お山の浄化が結構忙しくて。今日は父さんに呼ばれたので、久々に帰ってまいりました。お土産もありますよ」

「そうなの。あの方ったら、わたしには何も言っていなかったのに。もうっ。……あっ、いつまでも立ち話ってわけにもいかないわね。さ、上がって! すぐにお茶を出すわ。お部屋もきれいにしてあるし、お布団だってぬかりなくふかふかよ」

 クシナダがさあさあ! とヤシマジヌミの背中を押した。


 ヤシマジヌミは屋敷の居間に一度通された。父は居間の隅っこで、黙々と愛用の剣の手入れをしていた。父さん、とヤシマジヌミが声をかけると、スサノオがこちらを向いてくれた。

「ヤシマジヌミか……?」

「はい、父さん。ただいま帰りました」

 ヤシマジヌミはふぬけた表情を引き締め、完璧な角度で父親に礼をする。

 すっと立ち上がったスサノオが息子のもとへ歩み寄り、ごつごつした手でヤシマジヌミの肩をばすんとたたく。

「よく帰って来たな、また会えて嬉しい」

「今まで留守にして、ろくに顔も出さず申し訳ありません」

「いいんだよ、こうして帰ってきてくれたんだから。……ああ、立ち話も何だし、こっちでゆっくり話そう。クシナダー、お茶淹れてくれるかー?」

 廊下から、はーいという母の声が聞こえて来た。

 クシナダが渋い茶と一緒に、ヤシマジヌミの土産である茶菓子も持ってきてくれた。茶菓子は母へ、父には散々迷って着物を贈った。どちらも喜んでもらえたみたいで、ヤシマジヌミは嬉しく思った。


「仕事はどうだ?」

 茶をすすりながら、スサノオが聞く。

「はい、順調です。今のところは、訪れたお山すべての浄化に成功してます。もちろん、協力してくれる人間の方々あってこそですが」

「そうか。成長したもんだな」

「恐縮です。でも父さんに比べればまだまだ」

「謙遜すんな。こっちにもお前の評判は届いてるぞ。普段はどっか抜けてて和むけど、いざお山の仕事になった時の真剣さはすごいとか。お山近隣に住む人間たちからは、感謝していることを伝えてほしいとよ」

「そんな、僕の方こそ、お山に関わるみなさんにとても感謝しています」

 ヤシマジヌミははにかむ。少しの間、そうして自分の仕事の状態を父と会話しながら、お八つのひとときを味わう。


「しかし何でお山にこだわるんだ? お前ほどの腕前なら(おか)でも海でもやっていけると思うんだが」

「僕、海は少し苦手なんです。船酔いしやすくて、きっと浄化どころじゃなくなってしまいますから。陸もいいかなあとは思うんですが、やっぱりお山の方がしっくりくるんです。なんだか……」

 ふとヤシマジヌミは言葉を止める。ぼんやりとうわの空になり、庭先の空へ視線が泳いで行った。

「何だか……お山が僕を呼んでいる、気がして……」

「ヤシマ?」

「……あ。ごめんなさい。たまにこんなぼーっとしてしまうんです。変ですね」

「そうか……。お前、昔からお山が好きだったもんな」


 一杯の茶を飲み終えたスサノオは、急に真面目な表情になる。空になった湯呑を畳に置いた。

「ところで、ヤシマ。こっからが本題なんだが」

「はい。お山の仕事が終わったら一度顔を出すよう、仰っていましたね」

「そう。実はお前に頼みたいことがあってな。……いや、頼みというか、これは正式な依頼として出したい。通すべきところは通している」

 スサノオの言葉に、ヤシマジヌミは癖で背筋を伸ばした。


 ヤシマジヌミが生業とするお山の浄化にあたり、そういった仕事を紹介する業者が存在する。この業者は『お山の機関』と呼ばれ、浄化を頼む依頼者と、ヤシマジヌミのように実際に浄化を行う引受人の間を取り持つ組織である。

 依頼者は規定に則って指定の依頼書に詳しい依頼内容を記入し、報酬と仲介料を兼ねた料金を機関に提出する。機関に受理された依頼は、機関の掲示板に張り出される。掲示板は全国各地に設置されており、腕に自信のある引受人は依頼書を選んで受理する。

 引受人は機関で引き受けたい依頼を伝え、簡単な手続きをして依頼に臨むのである。


 この仲介業者を通す手順があるのは、違法にお山を浄化する者達を厳しく取り締まることができるという利点による。

 『浄化』といっても、例えばもともと問題のないお山での浄化行為は違法である。というのも、清らかな場所に過ぎた浄化はかえって毒になるからだ。


 今回スサノオがきちんとした機関を通したということは、身内に頼むような軽いものとはわけが違うことを意味する。

 須賀に設置されている機関で確認すれば、父が提出した依頼というのもすぐに見つかるだろう。


「詳しいことは機関の依頼書を確認してもらえればありがたいが、簡単に言うと、須賀を遠く離れた場所のお山を浄化してほしいんだ」

「お山の浄化……? それは確かに僕の専門ですが、何も僕でなくともよいのではないですか?」

「いや、それがな……」

 スサノオが決まり悪そうに言葉を一旦切る。

「そのお山、どういうわけか中に入れないんだよ」

「入れない……? 結界か何かが張られてしまっているというわけですか」

「そう。しかもかなり強力で複雑らしくてな。一度、呪術に詳しい専門の人間に見てもらったんだが、解くのが困難でどうしようもないって言ってた」

「それほど強力な結界なんですね。でも、結界が張られているのにどうして浄化が必要だとわかったんですか?」

「結界からにじみ出てたんだよ。近隣の村に被害は出てないのが幸いだが、それがいつまでもつかわかんねーからなぁ……」

「……」

「ヤシマ、お前が俺の息子だっていうことを抜きにしても、俺はお前の実力を知ってる。だからお前にこの仕事を託したいと思った。お前ならきっとやり遂げてくれるって信じる。だから、引き受けてはくれないか」

 スサノオは真面目な面持ちでヤシマジヌミを見据える。いつの間にかあぐらも正座に直していた。

 

 ヤシマジヌミは自分の実力に自信を持っているが、だからと言って過信はしない。己の力がどれほどのものか、常にしっかりと把握しているし、自分の手に負えない場合は別の引受人に依頼を譲ることもある。

 断ることはできる。スサノオもその選択肢を与えている。

 

 だがヤシマジヌミは、前向きに引き受けることを選んだ。


「わかりました、父さん。機関へ行って依頼書を確認してきます。その後、引き受けるかどうか判断させてください」

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