十九、シャルラの反撃
残るはシャルラを打ちのめすだけだ。命までは取らない。遠い昔、敵は子々孫々一粒の種すら残さず摘み取れと教えた雷神がいたが、そこまでするほどヤシマジヌミは鬼畜ではない。
驚異的な守りを固める獣をじょじょに削っていく。一体に苦労しているうちに、シャルラがまた補充をするのはわかっていることだ。
ヤシマジヌミは獣達の息の根を止めることを放棄した。動けなくするだけで命は取らない。足元に散らばる獣たちはまだ息がある。
「……!」
シャルラはそれに気づいた。あえて生かしておくことで、シャルラの足場を崩す。ヤシマジヌミはそれが狙いだった。
お山の中ではめっぽう本領を発揮するヤシマジヌミにとって、多少の死屍累々の厄介さはさほどでもない。明らかにお山に不慣れなシャルラだけが被害をこうむるわけだ。
「そういうことか」
「教えません!」
敵に手の内をさらしてはならない、という父と雷神の教えだ。はぐらかしてシャルラの余裕を削ぐのが一番だろうとヤシマジヌミは快活に答える。
「地に這いずって生きる下等の神族が……!」
「あなたこそ、天でふわふわ浮いてばかりいたから、地上で足下すくわれちゃうんですよ!」
突進してくる獣を棍で殴りつける。ヤシマジヌミの顔にはわずかに余裕が生まれていた。対してシャルラの眼差しは、いいようもないほど憎しみに満ちている。天界人と名乗る種族は憎悪の感情もあったらしい。
挑発なんてするのは初めてだった。ヤシマジヌミの本業は、おおよそ獣を相手取るものだったから、人間や神々と刃を交わすことがほとんどなかった。
今回も同じく、ヤシマジヌミが初めて相対する種族である。天界人は気高く誇り高く潔癖だと聞いていた。そんな種族を怒らせることはできるかと心配だったが、どうやら思惑は良い方向に外れた。
(これなら勝機も充分です!)
獣を屠り、また屠り、行く手を阻む獣たちを蹴散らす。背後からの不意打ちは、チルの術によって阻止された。
シャルラの防御は徐々に崩れてきている。本命まではあと少しだ。だが油断と慢心は絶対にならない。ヤシマジヌミははやる気持ちを抑えて、兎に角勝利に対して貪欲さを求める。
どんな種類の戦いでも、先に慢心した方が負けだ。かつて父と雷神が、口をそろえて話していた。
棍の先はシャルラを何度もかすめる。シャルラは身動きが取れないため、ヤシマジヌミにあと一歩踏み込まれたらまず終わる。
焦ってはならない、慢心はいけない、とヤシマジヌミは必死に言い聞かせながら、好機が来るのをじっと待つ。シャルラから目を離さず、決して急がない。
(もうすぐ、もう少しです……!)
あくまで冷静に、絶対に欲張ってはならない。自分を戒めながらシャルラに詰め寄っていく。
棍がシャルラの前髪をかすった。ヤシマジヌミの目が見開かれる。
形勢は、ヤシマジヌミ側に転じたと思われた。
ところが。
「馬鹿め」
無慈悲で静かな罵倒と、背後の小さな悲鳴に、ヤシマジヌミは一瞬何が起きたかわからなかった。