十八、形勢逆転の一歩前
シャルラの猛攻も止まらない。創り出す獣の相手をするヤシマジヌミとしてはきりがない。
せめてあと一歩だけでも近づくことができればと、そう考えている。
あと少しというぎりぎりはヤシマジヌミを焦らせる。一気に詰めていくか、それとも慎重さを貫くか。
一気に駆け抜けることができれば、獣を蹴散らしシャルラのもとへと突き進めるだろう。
だが失敗したらチルに危険が及ぶのだ。
(どうしましょう。体力に自信はありますが、現状維持ではやられるばかりです)
ヤシマジヌミは襲い掛かってきた鳥をひと薙ぎで叩きのめす。息が少しだけ上がってきた。だけどまだやれる。
「ヤシマ、大丈夫よ」
「チル?」
「わたしは、それほど弱くはないから。好きに戦っていい」
「しかしチル」
「二度も言わせないで。
あなたが全力で戦うことが、わたしを守ることに繋がるわよ」
ふっと微笑んだチルの言葉に、ヤシマジヌミは迷いを捨てた。
(そうですよね。お嫁さんにすると決めた方の言葉です。信じるのは当たり前ですから)
ヤシマジヌミは上がった息を無理やり整えて、棍の先端部分をシャルラに向けた。大物を狩るときはいつもそうして狙いを定める。意味があるかは別として、すでにヤシマジヌミの癖になっていた。
シャルラは一歩も動いていない。それだけ、創り出された獣が強いんだ。ヤシマジヌミはシャルラの実力を認める。
無表情にこちらを見据えているシャルラの眼差しはとても冷えている。侮蔑の色がにじんでいた。
負けるつもりはない。そしてここからは、こちらが暴れまわる番だ。
ヤシマジヌミは棍を前にすっと立てる。宝石部分を地面に落とし、息を吐いた。
ぐっと棍の柄部分を握り締め、腹の底から力を見出す。
ヤシマジヌミに答えたのか、彼を囲む木々や地面が突如ざわめきだした。
木々は揺れ葉を飛ばし、風を起こして地面は揺れる。ぼこぼことわずかに日々が入り、シャルラや獣の足場を崩した。
「な、何……!?」
どよめくチルには何の被害もない。揺れ出した自然の脅威は、シャルラと彼の下僕にのみ与えられる。
「これは」
さすがのシャルラも動揺せざるを得なかった。目の前の狩人の男は、てっきり完全に武力行使でくると思っていたからだ。
その思惑をそっくりそのまま返すように、ヤシマジヌミの呼びかけに自然が応えてくれる。
地鳴りが獣たちのバランスを崩し、その隙にヤシマジヌミが獣を叩き潰す。鈍い感覚が指先に伝わってきた。
ごんごんと撲殺してゆくヤシマジヌミに容赦はない。
シャルラまで一歩近づくことができた。残るは周囲を守る強豪の獣達を狩るだけだ。
その獣たちを残らず葬ることで、ようやくシャルラへとたどり着ける。
「ただ棍を振り回すだけが取り柄じゃありません」
「何だと」
「僕たち八百万の神々は、自然の力を少しだけ貸してもらえるんです」
「それが何の脅威になるとでも……?」
「あなたは少しだけ動揺してましたね。こういった神々は、あなたにとっては珍しい種族なんでしょうか」
「余計な口を叩くな。……自然など、命など。我々天界人の前にたちはだかるのも愚かしい」
「愚かでいいです。あなたに膝を折ることが賢いというなら、僕は死ぬまで愚かでいます」
「笑わせてくれる!」
シャルラの表情が歪んだ。ヤシマジヌミの言葉に、わずかな苛立ちを覚えているのだ。
相手の冷静さを奪ったら有利につながる。あとはとどめをさすために立ち回るだけだ。
勝利は近い。だが油断はならない。ヤシマジヌミは怒りに染まったシャルラを見据えてもう一度息を整えた。