十七、共闘
チルの言葉に従い、ヤシマジヌミは戦闘に再び集中する。
シャルラの攻撃は、主に獣を作り出してこちらへけしかけることである。
襲いかかってくる獣はそれほど強くはないが、いくらうちたおしてもきりがない。
ということは、元凶であるシャルラを絶たねばならない。
シャルラに辿り着かなければ、すべてを終わらせることができないのだ。
「参りましたね」
ヤシマジヌミは、目の前の鳥を棍で撲殺しながらこぼした。
シャルラの周囲は獅子や鷲といった、大型の獣たちできっちり守りを固められている。運よくシャルラと距離を詰めることができても、大型の獣が全力で邪魔をするだろう。
シャルラの周りから動かないそいつらは守りに徹している。砕いてシャルラにたどり着くのは相当難しいだろう。
何より、守りを砕くのに集中していると、チルをほったらかしにしてしまうおそれがある。最大限チルの安全には気を配っているが、それはまだ余裕があるからできているだけだ。
「チル……僕が危なくなったら、迷わず逃げてください」
「どこへ逃げろというの。あなたを置いてはいけない」
「いや、でも」
「わたし、あなたから離れないから。呪詛くらいなら心得があるから、あなたの助けにくらいはなる」
「そうは言っても、チルに何かあったら、僕はお山の神様方に申し訳がたちませんし……」
「そういう言い訳はあとでやまほど聞くわ。ヤシマ、頭を下げて」
「へぇっ?」
チルの鋭い言葉に、ヤシマジヌミは反射で従った。チルが右手をかかげて術を生み出す。
右手から放たれて漆黒の風が、飛びかかって来た鳥型を斬り裂いた。鳥の残骸たる羽根が、ヤシマジヌミの目の前をはらはら落ちて逝った。
「よそ見と言い合いをしている暇はないわよ」
「っ、そうでした。助かります、チル。一緒にシャルラさんを倒しましょう」
「了解よ」
ヤシマジヌミはチルの力を借りることにする。
大勢の魔物に取り囲まれた時の対処法など、経験と知識でどうにでもなるが、相手がシャルラであると話も別だ。
創られた命というのは、創り手の実力に左右される。創り手が強ければ命も強いし、倒すのにも時間と手間がかかる。
シャルラの力は間違いなく強い。雑魚とどこか侮っていた敵が、わずかながらにヤシマジヌミの体力を奪っていく。
だからヤシマジヌミひとりでは勝てない。少しでも戦力が必要だった。
「わたしは呪詛や術式が使えるわ。無尽蔵にではないけど、あなたをシャルラのもとまで運ぶ手助けには充分なるから」
「とても頼もしいです。ではチル、空から降ってくる魔物たちを倒してください。地を駆けるものたちは僕が薙ぎ払います」
「お安い御用よ」
チルはヤシマジヌミに頼まれた通り、空から急降下してくる鳥の大軍を、一気に取り払った。
空へと翳した手が突風を生み出した。
ざあっ! と周囲の木々がざわめき立つ。砂が舞い上がり、葉や枝が空へと舞い上がっていく。
ヤシマジヌミも思わず顔を庇った。だが風はヤシマジヌミを傷つけるつもりは毛頭ないようだった。ためしにそっと手を前に出してみたが、優しい空気が指先を包むだけだった。
その風が牙をむいたのは、魔物に対してのみだった。ヤシマジヌミを傷つけることがない。これはチルの意志が働いているからだ。
「ありがとうございます、チル!」
ヤシマジヌミは地を駆る。こちらへかかって来る獣たちは、棍ひとふりで数体葬った。
棍を振り回すたび、鈍い感覚が伝わって来る。
いつもであれば、狩った獣に対して黙祷するが、今はその余裕がない。何より、今自分が狩っているのは無造作に創られた命である。その命を創られ続けるのを少しでも食い止めるのが最優先だった。
周囲の獣は容赦をしない。我先にとヤシマジヌミとチルを喰おうとしてくる。それらに理性などなく、本能にすべてをゆだねているわけだ。
気を抜いたら食らわれる。ヤシマジヌミはその緊張を味わった。独り身ならここまで恐怖も緊張もなかっただろう。
だが後ろにはチルがいる。自分が死んだら、次に狙われるのはチルだ。何としてでも生き延びて、シャルラを止めねばなるまい。
ヤシマジヌミの眼差しに、鋭さが帯びていく。それは彼の父スサノオとよく似た鋭利な眼光を放っていた。