十六、戦闘開始
「力を持たない国つ神に、何ができるという」
「何だってできます! あなたを倒すのだって、お山を正常に戻すのだって、歴史を元通りにするのだって簡単です」
「なれば見せて見ろ。できるものならな」
シャルラは薄く笑って、前方に手をかざす。それに呼応するように、シャルラの周りの空気が変わった。
青白い光がゆらゆら揺れている。漂うそれらは形をなしていき、獣の姿と成り果てた。
(これは……)
ヤシマジヌミはじっと目をこらす。あれらは自然にできたものではない。シャルラの呪詛か何かで創られた命だ。お山にもともと住まう獣達とはまるでちがう。
「ヤシマ……」
傍らで心配そうに、チルがこちらを覗き込んできた。焦燥と心配の表情がうかがえる。もう彼女は顔を隠さなくなった。
「大丈夫です、チル。でも、僕だけではきっと突破できません。チルの力も貸してください」
「でも、私の力は」
チルはためらっている。さっきまでイワナガだった彼女は、自分の力が悪い方向へつながることを案じている。
それを取り払うかのように、ヤシマジヌミは笑いかけた。
「心配いりません。チルの力は、僕に元気をくれますから」
「……こんな非常時に何を言うの」
「えっ? ただ、そのまま伝えただけですが……。えっと、チルの力は、確か祈りの力でしたね。僕がシャルラさんに負けないように、お祈りしてください」
「わかったわ。気をつけて、ヤシマ。シャルラは強い。そして、厄介よ」
「はい。強くて厄介な方のお相手は、いくつも心得ています」
ヤシマジヌミは棍を握り締める。
イノシシの形をした獣が、こちらへ飛びかかって来た。大きな図体を真っ直ぐ飛ばしてくる。走り去った跡に、青い光の残像が残る。あの残像が、イノシシを尋常ならざるものと、ヤシマジヌミに実感させた。
「シャルラは、ああして自分の駒を創りだすわ。その力も無限ではないけれど、あなたの体力が尽きるまで出し続ける程度には資源を持ってる」
「根競べというわけですね。体力には自信があります」
ヤシマジヌミはチルをかばいつつイノシシの突進をかわす。後方へと飛んでいくイノシシは、華麗に着地して向きをこちらへ変えた。
間髪入れずまた突撃してくる。ヤシマジヌミは、棍を横に振ってイノシシの頭を砕いた。
鈍い音がしてイノシシがくずおれる。
「代わりはいくらでもある」
シャルラが無慈悲に告げる。彼が再び手をかざすと、今度は獅子に似た獣が生み出された。
大きな口を開けて、ヤシマジヌミに食らいつかんとする。
ヤシマジヌミは下あごを踏みつけて、獅子の身動きを取れなくさせる。
じたばた暴れている間に、棍を横へ薙いだ。宝石部分が鋭く光り、獅子の頭を真っ二つに裂く。
粘り気のある青い液体が、ヤシマジヌミの顔に飛び散った。これがあの獅子の血だったんだろう。獅子が青い煙となって霧散した。
「あなたのその棍……」
チルが驚いたように聞く。
「これは、僕の呼びかけを聞いて、一時的に形を変えてくれるんです。先端が刃になってますよね、ほら」
ヤシマジヌミが見せた棍の宝石部分が、鋭利な刃物に変わっている。だがそれも一瞬で、チルが見上げて確かめた直後に、いつもの宝石に戻った。
「なるほど。やはり厄介であるな」
シャルラはヤシマジヌミを忌々しげに睨んでいる。
ふわっと両手をかかげて、そこから青白い光が生まれる。
今度は一頭ですむ問題ではなかった。
大小さまざまな獣が無数に生まれて来る。リスもいればクマもいる。鳥もいれば魚も跳ねている。陸に魚は不自然に思えたが、ヤシマジヌミを真っ直ぐ狙ってきたあたり、大した問題ではないらしかった。
「チル、僕から離れないで下さいね」
「うん……。あの、決して無理はしないでね」
「大丈夫です。もし無理をしてしまったら、チルが危ないですから、無理は絶対にしません」
「……。こんな時にそういうこと言わなくていいから」
「えっ、僕変なこといいましたか?」
「はぁ……。もう、来るわよ! 構えて!」
「あっ、そうでした、はい!!」