十五、黒幕はかく語りき
ヤシマジヌミは、やっと探していた者と再会できた。厳密に言えば、さきほどちらと見かけはしているが、向こうから出向いてくれるのはありがたい。
「やっとお会いできましたね。えっと、シャルラさんと仰るようですが」
「……。イワナガが喋ったのか」
「イワナガじゃありません、この子はチルです」
「どちらも同じだ。……呪詛が解けている」
シャルラはチルを一瞥した。
「なるほど。それで私の名もイワナガの正体も割れたのか」
翡翠色の瞳が美しく輝く。お山の中に潜んでいたというのに、まとう白装束には汚れひとつ見当たらない。
「念のため確認します。このお山に強い穢れが生まれたのは、あなたが仕組んだことですか?」
「地に這いずる者に答える義理はないが……まあ教えてやろう。教えたところでおまえはどうせ死ぬ」
「……」
シャルラはばさっと象牙の髪を手で払う。
「おまえの言った通り、この山での騒動は私が引き起こした。穢れを放ち、暴走したイワナガの心と繋がって、いずれは山の外へ暴発するようにな」
「それはいつごろから行われていた計画ですか?」
「およそ一年前だ。だが鍵となるイワナガによって山全体に結界を張られた。そのために未だ穢れを地上へ撒き散らせぬ」
忌々しげな眼差しが、チルに向けられる。
「しかし誤算はこれだけにとどまらなかった。お前が外からこの山中に入りこんだことだ」
その眼差しがヤシマジヌミに移る。神妙な面持ちで、ヤシマジヌミは言葉を聞いていた。
「イワナガの結界は相当強く、外から人を招き入れることができないほどなのに、おまえはそれを通り抜けた」
「僕には原因がわかりません。偶然が導いてくれたんだと思います」
「偶然などあるものか。イワナガの結界に触れて弾き飛ばされ、触れた部分を失くしたものだっているのに」
「……でも、僕はばちーんと弾かれるだけですんでますよ? そりゃちょっと血は出ましたけど」
「なるほど。イワナガだけ防げばいいと思っていたこと自体が誤算だったのか……」
シャルラがため息をつく。そして続けた。
「ヤシマジヌミの世代で全てを潰しても遅かったのか。またやり直しになる……」
「……? 一体、何を仰っているんですか?」
「この私がここまで種明かしをするのは慈悲だ。ありがたく聞け」
シャルラは続ける。
「本当の歴史では、ヤシマジヌミとコノハナチル姫は結婚した。
そしてその子孫は、地上を統べる強力な神として君臨した。
天上の神と地上の神は対等となり、均衡を保っていた。
私にはこれが邪魔だった。地上の神が存在していては、計画にぼろが出る。
だから私は、歴史を塗り替えた。地上の神が生まれないという歴史に」
「……何、」
「地上の神の存在がないこの世界の歴史では、地上の神は天上にひれ伏す存在となっている。対等ではないのだ。
おかげで地上の空気は荒れ、平和が保てなくなった」
ヤシマジヌミの瞳に火花がはしる。また何か、知らない映像が頭に流れ込んできた。
穏やかな笑みを浮かべている着物の青年。父と一緒に酒を飲んでいる。長い髪は三つに編まれていた。
ヤシマジヌミはその青年を知っている。思い出せないだけで。
「……あ。あの子は、おーくん……?」
「……?」
ヤシマジヌミはふと思い出した。瞼に刻まれたその青年のことを。
「思い出したか。何とも奇妙な男だ。イワナガの呪詛を解いただけでなく結界をも解き、挙句の果てには改変される前の歴史すら取り戻すとは」
「僕もよくわかりません。でも、この力はきっと父さんと母さんが授けてくれたものなんだと思います。母さんの棍と父さんの血……。二つがあわさって、僕に困難を乗り越える力をくれるんです」
ヤシマジヌミが棍を握り締めた。
「おーくん……大国主君が国つ神のボスになって、地上をまとめてくれる世界。それが本当の世界だったのですね。あなたはそれを奪った。お山で創り出した穢れを世界に広げるだけなら、こんな複雑なことをしなくてもいいのに、どうしてここまで手間をかけたんですか?}
「決まっている。地上を征服するためだ」
シャルラは当たり前のように答えた。
「我らは天界から降りた選ばれし種族である。地を這う種族は、罪を償いながらみじめに生きる。そんな罪人たちを、我らが導いてやるのだ。そのためには我らの正当性が不可欠でな。
イワナガの心に反応した穢れが山から漏れ、地上を飲み込む。大国主の存在しない地上は荒れたも同然。誰も力を持たない。
そんな状態の地上に大量の穢れが流れ込んだらどうなるか……。混乱に混乱を極めるだろう。
大国主の存在がない地上は、穢れに対して有効な手段を持たない。天上の神々は穢れに耐性を持つが、好き好んで地上を助けるほどお互いに友好的ではない。
そこで穢れを祓うのが我ら天界人というわけだ」
「天界人……。それがあなた方の種族名ですか?」
「そうだ。……さて、穢れは満ちた。あとは邪魔な存在ふたつを消すだけ。ヤシマジヌミ……スサノオの息子、お前を殺せばあとはすべて思惑通りだ」
シャルラは言葉をきる。彼の右手にすうっと純白の杖が乗せられていた。
ヤシマジヌミはチルを後ろへ庇い、棍を構え直す。宝石部分をシャルラに向け、静かな眼差しで見据えた。
「そんな真似はさせません。シャルラさん、あなたは僕が倒します」