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序文~一、お山専門の狩人

 天から降りた高貴な神様は、地上で見つけた可愛らしい女神に一目ぼれしました。

 神様はさっそく求愛をしました。女神は父親へ、そのことを話しました。


 父親はたいそう喜び、娘を神様へ捧げました。そして、女神の姉も嫁がせます。


 ところが、この姉神は醜く、神様はそれを疎んで帰してしまいました。

 醜い姉神は、永遠を司る神でした。そんな姉神を手放したということは、永遠の命を捨ててしまったということと同じ……。


 こうしたことから、天から降りた神様のご子孫の命は、短くなってしまったということです。


 

「でもね」

 目の前の妖艶な男は、不敵に笑う。さっきまで話していた伝承は、その男が主人から直に聞いたと言うことだった。

 主人から聞いた伝承は、それだけだったらしい。

 しかし。

「この話には裏があるんだ」

 そいつは、私にそんなことをつきつけた。

 彼の仕える主人は、彼の言う『裏』というものを知らない。あるいは、知っていてもあえて口を閉ざしたのか。私は主君のお立場を、しがない文官ながらも理解しているつもりである。

 主君が『裏』を語られなかったのには、何かしらの理由がおありなのだろう。

 

 どうして裏を知っている? 私がそうたずねると、男はなんてことなさそうに答えた。


「ご本人がたから直接聞いたのさ」

 ご本人、とは――要するに天から降りた神や女神、その方々である。

 本来であればそれはありえない。だって、今の時代に、神々はいないのだから。いや……いないというより、我々人間はその存在を視認することができないのだ。


 だから常識で考えれば、男の言葉は嘘であると誰もが断言する。みんな、八百万の神々を忘れてしまったのだから。

 でも私は、男を信じた。男が神々と会話していることは知っているし、何よりこの男は私に対してだけは絶対に嘘をつかないからだ。


「とりあえず、きみにだけはこの裏を話しておくことにするよ。それを後世に残すかどうかは……きみの判断に任せる」

 無責任でごめんね、と男はつけくわえた。


 捨てるか残すか。

 男の言う『裏』というものは、未来の子孫に必要たる知識となるかどうか。それは私ひとりが決定することを許されている。

 

 聞くだけに終わるか、書いて形にするか。

 男の今の言葉だけでは判断ができない。

 まずは全て聞こう。不思議と、一度聞くだけですべてが私の頭にすっと入って整ってくる。何度も話してもらう必要はない。


 

 聞かせてもらおうか。

 私がそういって筆を置くと、男は満足そうに笑って、続きを話した。





 がさがさと木々の葉を揺らしながら、八嶋士奴美(やしまじぬみ)はお山の森を駆け抜ける。

 その足取りは軽やかで迷いがない。


 ひとつに結ばれた飴色の髪を揺らし、すすけた外套がなびく。

 まだ幼さを残す小豆色の目は、父親譲りだ。


 一度立ち止まる。くるっと周囲を見回した。

 目的の獲物が近くまで来ている。お山を荒らす不届き者は、どこにいる?


 ヤシマジヌミは瞼を閉じる。右手に握り締めた棍を、ふらりと揺らす。棍の両端には、楕円形の水晶があてがわれている。

 水晶がきらっと一瞬だけ光る。


 ――そこか。

 ヤシマジヌミは瞬時に棍を横へと振るう。ぶおっ、と強い風が生み出された。

 

 突如、甲高い悲鳴が前方から響いた。

 横へ振り払った棍には、鈍い感覚が伝わる。


 ヤシマジヌミはじっと前を確認する。足元には、どす黒い瘴気がぶすぶす放たれていた。獣の形をした『獲物』が、ヤシマジヌミの一撃によって屠られたのだ。


 ヤシマジヌミは、そういった狩りを生業としている。

 お山とは恐ろしくも貴いものである。その貴さに惹かれて、いくつもの穢れがすり寄って来る。

 穢れとは、日本にまとわりつく悪だ。流れる血、濁った空気、汚染された地、醜さに囚われた心、生物の死……そういった負の要素が固まって生まれて来る。


 その穢れらを成敗するのは、八百万の神々か、あるいは特殊な訓練を受けた人間である。ヤシマジヌミもその例に漏れず、お山専門の穢れを祓うという仕事をしていた。


 ヤシマジヌミは足下に転がる小さな獣を、片手で拾い上げた。おそらく、もとはただの獣だったんだろう。しかし、自分の住む場所に少なからず溜っていた瘴気に当てられ、穢れに呑まれたのだろう。そういう生物は穢れとしてみなされ、討伐されるさだめにある。情がうつって見逃すと、いつか取り返しのつかないくらいに大きく膨れ上がり、近隣の人間たちを食らうことだってある。だから討伐を生業にする神々や人間は、そういった情に流されぬよう、かといって非情にもなりきらぬよう、日々の平安を守る。


 拾い上げた元獣は、黒い砂となって風に吹き飛ばされる。さらさらと風に乗ってそれらは霧散した。


「ふー」

 一息ついて、ヤシマジヌミは踵を返す。今日の収穫を片づけたら、行く先は須賀だ。


 須賀には父がいる。今日のお山での仕事を終えたらでいいから、一度顔を見せに来てほしいと言われていた。

(そういえば、父さんのところには久しく行っていませんでしたね)

 

 お山での仕事を始めるようになって幾十年。ヤシマジヌミは全土のお山を守るため、きちんとした住居を構えていない。実家と呼べる須賀へ最後に帰省したのは確か三年前だった。

(父さんと母さん、お元気にしているでしょうか。あっ、お土産どうしましょう)

 ヤシマジヌミはお山を降り、ふもとの町で何かよさそうな土産物を物色することに決めた。

またも新しいシリーズが開始されました。最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

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