この土煙の上がる西の道で
山田啓作の故郷の村は、東にささやかな渓流が走り、北に緑の丘が盛り上がり、南に窪んだ盆地が広がっていた。
これで西に大道があれば、四神相応。千年の都のように、幸福を約束された土地になれたのかもしれない。
しかし、都会から遠く離れた山の中の村だったから、大道と呼べるような大きな道はなく、道沿いに芸を披露する大道芸人すらも、滅多にはやってこなかった。
滅多にはやってこなかったが、まれにはやってきた。
あるとき村に大道芸の一行がやってきて、啓作や聡子やほかの村中の子供たち、のみならず、多くの大人たちをもみんな笑顔にした。
彼らはまるで冬の寒い日に太陽がぎらぎらと照らす蒸し暑い夏が一日だけやってきたかのように一時にわっと村中を盛り上げた。そして一陣の熱風のように、あっという間に去っていった。
村を去る彼らの車を、子供たちは追いかけた。啓作も聡子の手を取って一緒に走る。車の後ろを走りながら、タイヤが巻き上げる土煙の中で、啓作は自分の進むべき道を決めた。
高校を出た啓作は都会の道の上で芸をやり始めた。
それから長い年月が過ぎ、三十歳の声を聞いたとき、啓作は芸だけで生きていくことに限界を感じ始めていた。
この頃ではいつも心の中に、八方塞がりでなにもかもいやになってしまうような気分が座を占めている。
夢を語ることが楽しく、夢は実現するものだと疑いなく信じられた時代は、啓作の中では過去のものとなっていた。
いまさら夢を実現だなんて、呑気はことは言っていられない。そんな独り言も口をついて出てくるようになった。
啓作は夢を胸にかかえながら、力いっぱい抱きしめることができなくなっていた。それどころか、少しずつ、夢をかかえる腕の力をゆるめていく。
そんな折に聡子が倒れたという報せが幼なじみの仲間たちからもたらされた。
たいしたことはないと、電話口で聡子は言っていたが、啓作は荷物をまとめアパートを出た。
昼過ぎに夜行列車を降りて地元の駅のホームに立つ。デイパックを抱えなおしながら周りを観察する。
懐かしい部分と見知らぬ部分が混在している。どこか不思議な感じのするホームだった。しかし、それが故郷の駅であることは間違いないようだった。
駅を出て聡子の入院する病院へ向かう道すがら、二人静の花が初夏の風に揺られ、踊るように揺れていた。道を歩く啓作の横でいくつもの二人静の花々が揺れる。早く、速くとせかすように。
土煙の舞う田舎道を、啓作は走り出した。こんなときになぜだか、自然と笑顔がこぼれてくる。
ただいま。今帰ったよ。