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第一節

 二千四十年、車はまだ空を飛んでいない。

 代わりに出来たのは、増えすぎた地上の交通を補う為の、高速道路のさらに上に造られた天空道路ぐらいだ。

 首都圏の大きい所なんかはそれこそ、地上からは空が見えなくなるほど広がっている。

 東京の方角の空を眺めると、富士山と並ぶ、とは言い過ぎかも知れないけど、それぐらいの巨大な影を見る事が出来る。

 もちろん俺の地元にもそれは造られている。

 突き立てるように建てられた道路を支える柱は、それだけで一つの建造物かと思えるほどの大きさで、田舎に似つかわしくない異様な雰囲気を放っている。

 小さい頃から変わった事と言えばそのぐらい。

 高校二年になる今まで、海と山に囲まれた自然豊かなこの場所で暮らしている。

 今日も、収穫の時期を迎えた稲がトラクターで刈り取られている横ををダラダラと歩いて登校中。

 朝の眠気が取りきれずぼんやり歩いている、後ろからポンっと肩を叩かれた。

「とーるっおっはよ!」

 同じクラスの咲希が、ポニーテールを揺らしながら元気良く現れた。

「相変わらずのんびり歩いてるねぇ」

 咲希とは家の方向が同じで、登下校時は一緒になる事が多い。

「それは咲希も同じだろ」

「それもそうだね」

 えへへと頭をかきながら浮かべる笑顔は、登校時の憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれる破壊力を持っている。

 制服を着ていると分かりづらいけど、咲希はけっこうグラマラスな体型をしている。

 ちゃんと化粧をして、それなりの格好をさせたら一儲け出来そうなぐらい。

「とーるは自転車で登校しないの? 早く着くし楽なのに」

 咲希は腰を落として両腕を前に出し、エアー自転車の格好をした。

「持ってないわけじゃないんだけどさ。時間短縮の為だけに使っちゃうと、なんか上の道を通ってるお偉いさん達と同じになるような気がしてあんまり好きじゃないんだよ」

 上の道、なんて少し皮肉を込めて言ってしまったのは、少なからず俺がそこに対して嫌悪感を持っているからだろう。

 利便性が良くなると言う触れ込みで、大掛かりな工事や立ち退きのもと建てられたその道路は、実際には役人などの公人にしか利用出来ないものになっていた。

「ふーん、そういうもんかねぇ」

 興味なさげに返事をされてしまった。まぁでも、咲希のそういうあんまり深く突っ込んで来ない所が楽で助かったりしてるんだけど。

 夏のうだるような暑さを乗り切り、朝晩は少し涼しくなってきた十月半ば。

 俺ら二人は、いつも通り嫌いな先生の悪口を言ったり、テスト対策を話し合いながら歩いている。

「あっちょっと待って、飲み物買っていくから」

 そう言うと咲希は、道の端にポツンと置かれている自動販売機に向かって行った。

 鞄に手を突っ込んでやたらと漁っているけれど、なかなかサイフが出てこないようだ。女の子ってなんで鞄の中を整理しとかないんだろう。

 やっとのことで取り出しお金を入れると、迷うこと無くボタンを押した。

「好きだよなぁ、それ」

 咲希は出てきたものを手に取ると、大股を広げ左手を腰に当て、右手はまっすぐ前へ。

「朝の目覚めはこれで一発! アラートゼリー!!」

 どこかのCMのように言い放った。

「これの面白い所はねぇ、振る力の加減によって、味が変わるんだっよっ」

 そう言い終わる前に、咲希は両手でしっかりと持った缶を思いきり上下に振り始めた。その反動で、咲希のふくよかな胸が一緒に揺れているのは言わないでおこう。眼福眼福。

ん~とか唸りながらずっと振ってるけど、やりすぎじゃないのかそれ。そんなに振ったらただのぬるぬるする飲み物になっちゃうぞ。それになんだか、咲希の振動が地面を通して僕にも伝わって来てる気がする。

やっぱり大きなお胸は一味違うなぁなんて、頭の中ピンク色にしてぼーっと眺めていたら、いきなりベンチプレスを持たされたような重みが頭から足先まで駆け抜けた。

「うぇ?!」

さっきから感じていた揺れは気のせいではなく、本当に地面全体が揺れていた。

「きゃあ!」

下から突き上げられるような揺れが来た後すぐ、荒波にボートで挑んでいるような横揺れがやってきた。

地面が突然大きく揺れたせいで、咲希は態勢を保つ事が出来ずに転んでしまった。

「咲希!」

古くなって腐っていたのか、自動販売機を地面に固定していた金具が甲高い音をたてて外れ、傾いて咲希の方へ倒れてきた。

揺れが大きくてまともに立つことが出来なかったけれど、間一髪のところで咲希に手が届き、そのまま抱きかかえて土の上を転がった。

自動販売機は、さっきまで俺たちが居た場所を凄まじい衝突音と共に押しつぶしていた。

周囲を見渡し、とりあえずの危険はなくなったと判断した俺は、揺れがおさまるまでこのまま咲希を抱えて伏せていることにした。

時間にするとほんの数十秒から数分だったのだろうけれど、感覚的にはもっと長く感じた。

「咲希、大丈夫?」

揺れがなくなったのを確認した俺は、腕の中で震えている咲希に声をかけた。

「う、ん」

少し動揺しているようだったけど、大きな怪我もないようだ。

先に俺が立ち上がり、倒れていた咲希を起こそうと手を伸ばした。

「あれっあれ?」

「どうした?」

なかなか立ち上がって来ないのでどうしたのかと思ったら、どうやら腰が抜けてしまったらしい。

「あははは……めんぼくないっ」

地べたにへたり込んだまま、悪びれる様子もなく手招きしている。

「ったくしょうがないなぁ、ほら」

咲希の前で背を向けてしゃがみ、後ろに回した手で背中に乗るよう合図した。

「すまないねぇ、年とると足腰弱くなっちゃて」

どこのご年配のセリフだ。

「よっと」

咲希の腕がしっかりと俺の体に掴まったのを感じると、脚をしっかり持って勢い良く立ち上がった。

「きゃーとーるのエッチ~」

掴んだ所がお尻に近い部分だったらしく、指先が肉に埋もれる感触があった。女の子ってこんなに柔らかいのか。

「危ないからしっかり掴まってろ!」

「は~い」

咲希が体を寄せると、大きなマシュマロが背中にあたった。

しばらく歩きながら煩悩を振り払おうと必死になっていると、咲希が静かに呟いた。

「……最近、多いよね。地震」

 確かに、小さいものから大きいものまで、ここのところ頻繁に起きている。

「学校に着いたら家に電話してみよう。建物が潰れるような大きな揺れじゃなかったけど、家の中が心配だからな」

「うん……」

それから咲希は黙り込んでしまった。

俺は割と楽観主義者だから平気だけど、いつもあっけらかんとしている咲希もやっぱり女の子なんだと改めて思った。

「咲希、膝擦りむいてる」

「え? あっホントだ。気づかなかったよ」

おんぶをして歩いてるうちにズレてしまった体勢を立て直そうとしたら、咲希の膝に赤いスジが出来ていたことに気付いた。

「突然だったからな。保健室まで連れてくから手当してもらおう」

「うん。ありがと」

咲希が掴まっている腕と足に力を込めた。

「にしても、もっと大きい地震が来たらあの道路はどうなるんだろうな。まさか崩れて落ちてくるなんてことは」

そこら辺の山よりでかい物が倒れてきたりなんかしたら、この辺り一面はコンクリートの瓦礫に埋もれてしまうだろう。

「あそこは大丈夫らしいよ。どんなに大きな災害が起きても平気なように造られてるんだって。お父さんが言ってた」

咲希の父親は建設会社の社長らしく、工事の際に関わっていたらしい。

「へー、じゃあなんかあったらあそこに逃げれば助かるわけだ」

つくづく自分達のことしか考えていない人達が造ったんだな。

「私は、どんな事が起きてもこうやってとーるの背中に居られるなら、どこでも着いていくよ」

さらっとすごい事を言われてしまったような気がする。

なんて答えるのが正解なのか分からず、んぁーなんて情けない声を出してしまった。

 それから咲希はなにも言わず、俺の肩に頭を置いて目を瞑ってしまった。

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