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素直にSAY!

作者: 浅葱秋水

 彼女の美奈と喧嘩した。きっかけは些細なことだった。ただ、友達の女の子の荷物を持ってあげただけ。その光景を見た美奈は俺の水月に見事な突きを放ち、去っていったのだ。それから、会う度に色々と言い合いになってしまった。

「流石は狂犬だな」

 俺は一人、公園のベンチに座りながら、ポツリと呟いた。“狂犬”とは美奈の名字の“犬神”と凶暴な性格から考えられた、あだ名である。

 桜が舞い散る公園では老人達が談笑しながら、ゲートボールを楽しんでいる。子供の姿は全く無い。

「少子高齢化の影響かな」

 俺は空を見上げ、眺める。空に次々と美奈との思い出が浮かんでは、消えていく。かなり重症だな、俺。

「そこまで惚れてるってことか」

 切れ長の瞳、遠慮無く喋る男口調の透き通るような声、長い栗色の髪、スレンダーな体、男勝りな性格、全てが愛しく思う。けど、素直になれない。好きだと言えない。

「はぁ」

 空に映る(もちろん俺にしか見えない)美奈とのスライドショーを見ながら、俺は溜息を吐いた。

「どうしたんじゃい、坊や?」

 老人特有の寂声が響き、俺は視線を空から降ろした。いつの間にか、俺の隣りに小柄なおばあちゃんが座っていた。

 俺は高校三年だが、このおばあちゃんから見れば坊やなのだろうか。 「ちょっと彼女と喧嘩してしまって」

 俺は苦笑を浮かべ、おばあちゃんの皺だらけの顔を見た。

「ふむ。若い時には良くあることじゃな。ワシにもあったわ」

 おばあちゃんは皺だらけの顔に、よりいっそう皺を増やし、懐かしむような優しい笑顔を浮かべた。

「素直になれないんですよね。好きなのに、言葉にして伝えられないんですよ。言葉にしなくても伝わると思っていて、それがいつの間にか当たり前になってたんです」

 気付いたら、全てを話していた。おばあちゃんの持つ優しい空気のお陰なのだろうか。

「確かに言葉にしなくても伝わっているかもしれんな。しかしな、言葉にするだけで色々と変わるもんなんじゃよ」

「でも……今更言うのも恥ずかしいんですよね。何て言えば良いか分からないですし」

 今更自分の気持ちを言葉にして美奈に伝えるなんて、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。それに言うべき言葉が分からない。

「何も恥ずかしがることも、難しいことでも無い。ただ、自分の想ったことをそのまま格好つけずに言えば良いんじゃよ」

 おばあちゃんはそこまで言うと、仲間に呼ばれたみたいで

「よっこいしょ」と立ち上がった。

「とにかく、素直にじゃよ」

 老人はゲートボールに使うハンマーのようなものを杖代わりにしながら、ゆっくりと仲間の元へと向かっていった。「素直に、か」

 空を見上げてみると、既にスライドショーは終わったのか、綺麗な夕焼けの色が拡がっていた。

「良し!」

 俺は勢い良く立ち上がり、携帯電話を取り出した。

 携帯電話のアドレス帳のトップにある彼女の名前を選び、電話をかける。

「もしもし」

 電話の呼び出し音が切れ、俺の大好きな透き通る声が背後から聞こえた。

 振り返ると、そこに携帯電話を耳にあてている美奈の姿があった。

「えっ」

 俺は携帯電話を切り、ポケットにしまいながら美奈を見る。

 美奈は少し照れたような笑みを浮かべると、俺同様に携帯電話をしまった。

「……」

「……」

 無言で見つめ合う俺と美奈。

 素直に。自分の想ってることを素直に言えば良いんだ。必死に自分に言い聞かせるも、なかなか言葉が出て来ない。

 それにしても、俺が無言なのはともかく、何で美奈まで無言なんだ。まさか、かなり怒ってる?「ごめん」

「スマン」

 とりあえず謝っておこうとした俺の言葉と、美奈の思いがけない謝罪の言葉が重なった。

 俺は頭を下げている為、美奈の表情は見れないが、本気で謝っているようだった。

 顔を上げると、美奈は照れたような表情でこちらを見つめていた。

「こっちこそごめん。俺……」

「いや、悪いのは私だ。すまない。拓也はただ友達の女の子を助けてただけなのに、怒っちゃって」

 美奈のその照れたような表情がとても綺麗で、愛しく想えた。

 俺は俺とあまり変わらない長身の美奈をギュッと抱き締めた。

「えっ」

 美奈は俺の中で驚いたような声を短く漏らした。

「……好きだよ、美奈。誰よりも、好きだよ」

「拓也……私も好き」

 俺達はそのまま抱き合っていた。

 しばらくすると、周りから拍手の嵐が沸き起こった。

 驚き、辺りを見回してみるとゲートボールをしていた老人達が、いつの間にか俺達の周りを囲んでいた。 その中にはアドバイスをくれた、あのおばあちゃんもいる。

 俺は美奈を抱き締めたまま、そのおばあちゃんへと笑顔を向けた。

 するとおばあちゃんは、あの皺だらけの優しい笑顔を浮かべた。

「あり……ぶへらぁぁっ」

「恥ずかしいんだよ!」

 俺のおばあちゃんへのお礼の言葉は、真っ赤な顔をした美奈の右拳によって遮られた。

 殴られた顔を撫でながら、俺は美奈を見つめた。蛸のように真っ赤に顔を染めた美奈も、やっぱり可愛らしく、愛しい。“狂犬”なんてあだ名が似合わないほどに。

「見つめすぎなんだよ!恥ずかしいんだよ!」

「ぶへらぁぁっ!」

 訂正します。やっぱり、美奈は“狂犬”というあだ名はピッタリ!

 老人達の暖かい笑い声が、俺達を包み込んでいた。

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