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空、高く  作者: 時計塔
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クラリーネ様!

「クラリーネ様、いえ、クラリーネ。いくらあなたとはいえ、趣味が悪いのではない?」


 ルーネさんは元々クラリーネ様のご友人だったようです。幼い頃からの付き合いで、『学校』という場所にも一緒に通っているのだとか。今はその『学校』という場所を卒業してクラリーネ様の付き人として働いているのだそうです。『学校』とは勉強をするところで、ルーネさんは常にシュセキというで、クラリーネ様はジセキだったのだそうです。お二人共とても博識で、様々なことを教えていただきました。


「あら、失礼ね。私はいつもおしゃれには気を使っているつまりだけど」


「セレスのことです。この足につながれた鎖は何ですか? まさか、あなたにそんな趣味があったなんて……」


「違うわよ! それは元々この子は付けていたの! 外そうにも、生憎とこの家には道具がなくって、こっちもどうしようか参っていたところなの!」


「セレス、本当ですか?」


「はい、本当です。元々、私はよその国へ売られるところだったのです。それをクラリーネ様に助けていただいたのです」


 そう言ってクラリーネ様に改めてお礼を言うと、クラリーネ様は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまわれました。私は嫌われているのでしょうか? 少し悲しいです。

ルーネさんは深刻そうな顔をしていましたが、やがてどこから出したのか、一本の立派な剣を手に持って、私へと勢いよく――、


「あわわわわ! ルーネさん、申し訳ございません! 何か不手際があったでしょうか!? 卑しくも、命だけはお助けください!」


「え? 違いますよ! その鎖を打ち砕いてあげます。それでは動きにくいでしょう?」


「あ、そうなのですか、ありがとうございま」


 私が言うが早いか、高速に振り下ろされた鋼の剣が私のすぐ横で風を切りました。

鈍い音を立ててずっしりと重かったジャラジャラさんとおさらばしました。ですが、もう少しで私の足ごとおさらばしているところでした!


「よかったわねぇ、セレス。これで晴れて自由の身よ。最も、私にまた捕まっちゃった訳だけど」


「はいっありがとうございますクラリーネ様!」


「……ふん!」


 先程からクラリーネ様はあっちを向いたりこっちを向いたり忙しそうです。何かを探しているのでしょうか?

 私は身軽になり、その場で軽くジャンプしてみました。ですが、メイド服だったのに気づき慌ててスカートを抑えます。軽率な行動は控えた方が良さそうですね。


「!? こ、この鎖かなり重い! セレス、あなたこんなものを付けて今まで歩いていたの!?」


「ああ、すいません! これ、どうしたらいいのでしょうか……?」


 そう言ってルーネさんが持っていた鎖を渡してもらいました。ルーネさんは私を見て目を丸くしていましたが、何か納得したように頷き、私の頭を撫でてくれました。


「そうですね……では、使いの者が来ますのでその人に渡してください。……軍では鉄なんていくらあっても困らないでしょうから」


 ルーネさんは何かを呟いていましたが、上手く聞き取れませんでした。少し悲しそうなルーネさんのお顔が、とても美しく見えてしまうのは私の気のせいでしょうか。いえ、きっとそうなのだと思います。


「あ~! セレスがルーネのことジッと見てる! ま~ったく、あんたは私のメイドなんだから恋愛なんてダメよ。ましてや相手が女の子なんて!」


「ちちちちちがいます! ひどいですクラリーネ様! 私はルーネさんが、とても美しい方だなと思っただけで……」


「あ、ありがとうございます、セレス。でも恥ずかしいからあんまりそう言った冗談はオススメしませんよ?」



 私は本当のことを言っただけなのですが、冗談と受け止められてしまいました。きっと私のような男に言われてもあまり嬉しくないのでしょうね! おそらくクラリーネ様もルーネ様も色んな方に同じことを言われているので、慣れているのだと思います。凄いなぁ。


                  ※


「ではクラリーネ様」


「はいは~い。ご苦労さま~」


「……やはり、まだお戻りにならないのですね?」


「一生戻らないわよあんなところ。セレスもいるし、ずっとここで暮らすんだもの」


「はぁ……分かりました。では、また明日うかがいますので。セレス、クラリーネ様をよろしくお願いしますね」


「はい! お任せ下さい! クラリーネ様のためなら、例え火の中水の」


 私が言い終わらないうちに、ルーネさんはさっさと出て行ってしまいました。きっとお急ぎだったのですね! 私の話がつまらないわけじゃないのですよね! うん、そういうことにしておこう。


「あ~うっさいのがいなくなったぁ。セ~レス~何か面白いことして~? ああ、もう女装してるんだった。プフゥ」


「クラリーネ様。私はあなた様に見られるたびにそうやって笑われてしまうのでしょうか?」


「うん。あんたは私といる限り、一生女として生きるの。わかった?」


「わかりかねますが、クラリーネ様の命令ならば、私は従います」


 クラリーネ様、実は私はそこまでこの格好に抵抗はないのです。だって暖かいですし、動きやすくて、仕事をするのにもってこいなんですから。ですが、ずっとこの服を着ていたら、自分が男であることを忘れてしまうかもしれません。は! もしかしてそれが目的なのでしょうか?


「私はとても運がいいわ。たまたま外に出かけたところに、こんな可愛いメイドを拾ってしまったんだもの! これからどんなひどい命令を突きつけてやろうか……とても楽しみなの、ねぇセレス? わかる、私の気持ちが!」


「はい、クラリーネ様はとてもお優しく、慈悲深い方です」


「あ、そ。で? 一日一緒にいただけで、そんなことわかるわけないでしょ? これから嫌でもわかるわ……私がどれだけひどい主かってことが……」


「……いいのです」


「なんですって?」


「例え、どのようにされても、私はいっこうに構いません」


 なぜか、私は口が軽くなりました。それはクラリーネ様がお優しい方であると確信しているからこのような戯言をペラペラと喋ってしまうのかもしれません。クラリーネ様は、みるみるうちに不機嫌になっていきます。それでも、私はやめません。だって――。

 だって、多分。あの場所に戻るくらいなら――


「じゃあ、誓いなさいよ」


「はい、どうすればいいのでしょうか」


「知らない。自分で考えなさい」


 そういってクラリーネ様はニヤリと笑いながら私を上から見下ろしました。

 考える――。多分私が一番苦手なことです。

 思えば私は自分で考えて行動したことなどほとんどありませんでした。ただ、指示に従っているだけなら、その通りに物事が運び、対価を得られます。

 ですが、自分で考えて行動する、ということは闇の中に足を踏み入れていく感覚。はっきり言えばとても難しいことなのです。

「どうしたの? セレスは私の言うことを何でも聞いてくれるのよね? じゃあどうやって、このクラリーネに忠誠を誓うのか、考えなさい。言っておくけど、簡単なことじゃ許さないから」


 どうしてクラリーネ様は怒ってらっしゃるのでしょうか? 私は、この方の怒りの表情を見ると、胸がキュッとなり苦しくなります。ですから何としても笑顔になっていただきたい。私の、全てを捧げても――。

 全て――――。


「なぁにそれ? 汚い指輪ねぇ……でも、見たことのない宝石」


「それは……私が物心ついた頃に母からもらった指輪です」


「……え?」


「その指輪は私と……私の家族を繋ぐ、命よりも大切な品です。……それをクラリーネ様に差し上げます」


 私のない頭で考えた結果でした。ですが、こうする以外に手立てはありません。もしこれでダメなら、いっそ体ごと、


「わかった。わかったから脱がないでちょうだい。……あんたには負けたわ」


 どうやら私は無事にクラリーネ様の笑顔を取り戻すことが出来たようです。呆れているようにも見えますがきっと気のせいです。


「けど、いいの? こんな、大切なもの……」


「はい。母からは一番大切な人が見つかったら差し上げなさいと言われました」


「それ、多分かなり意味が違うと思うんだけど……まぁあんたがいいならもらっておくわ」


 そう言って、クラリーネ様は私の指輪を細い指に通しました。黒く光る指輪は、クラリーネ様の美しい髪と対照的でとても神秘的にみえます。きっと私のような者よりもふさわしい相手が見つかって喜んでおられるのでしょう。よかったね、指輪さん。


「セレス……ごめんね。意地悪して」


「はい? 何がでしょうか?」


「ううん。何でもないの。ただ、あなたを見ていると、自分がとても嫌な奴だなって思って」


「私にとって、あなた様は、ただ一人のお方です。恩人であり、大切なお方なのです」


「うん。もう疑ったりなんかしないわ。セレス、これからいっぱい我侭なこと言っちゃうと思うけど、よろしくね」


「はい! クラリーネ様!」


 クラリーネ様は優しく微笑みました。その時、私は心に誓いました。この方の笑顔を守れるようになろう、と。

 私はとても幸せ者だと思います。このように可憐で心の美しい方にお会いでき、そして御使いすることができるなんて。

 神様、ありがとうございます。この日を与えてくれたことに感謝いたします。

 空の女神さま、ありがとうございます。この方との出会い、感謝いたします。

 そしてクラリーネ様、ありがとうございます。このご恩きっと、きっとお返しいたします。

 私はその晩、暖かいベッドの中で懐かしい夢を見ました。きっと与えられた部屋が私にはもったいないくらい素晴らしかったせいだと思います。

 それは、母と妹と見渡す限りの草原で、妹と共に母の膝で眠っている夢でした。

 夢でも眠っているというのは、何ともおかしな話です。

 母はいつも笑っていました。妹はいつも甘えてばかりでした。私は母が大好きでした。

 やがてその世界は崩壊していきます。色あせ、母と妹はいつの間にか彼方へと消えていきます。

 手を伸ばすともう少しで届きません。ああ、またか。そう思って諦めてしまう。

 そうすると多分私の起きる時間なのでしょう。さぁ起きます。いっせのーで起きます。

 これから、また新しい朝が始まるのです! セレス頑張ります!


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