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空、高く  作者: 時計塔
3/6

ついてきます


 雪の道を二人の足跡が二つ、並んでおります。私と『クラリーネ様』の二つ。こんな風に女性の方と肩を並べて歩いたのは生まれて初めてで、新鮮な気持ちです。クラリーネ様は金色の髪を両方のリボンで丁寧に纏めた可愛らしいお方です。私は今までこれほど綺麗な女生に出会ったことがございません。それは多分私が世間知らずなわけではないと思います。世界広しといえど、ここまで神々しい方と出会ったのはきっと神様の思し召しだと思います。ああ、空の神様! 感謝いたします! 天使様悪魔様感謝いたします!


「ちょっと! セレスってば! ぼうっとしないでほら、行くわよ!」

「あ、はいクラリーネ様!」


 クラリーネ様はとても足が早いです。長年雪道を歩いているせいか慣れてらっしゃるのですね。私はといえば裸足に鎖付きで雪道を踏みしめるにはいささか不便な状況です。とはいえ文句を言っても始まりません。元気に歩きます! いっちに! いっちに!


「ああ! クラリーネ様お助けください! 雪に脚を取られてしまいました!」

「はぁ? あんた、見かけと一緒でどんくさいわねぇ……」


 私の体は一歩踏み出した瞬間頭まで埋まってしまいます。これは私の体重が重いということでは決してありません。全てはこのジャラジャラさんのせいでございます。ジャラジャラさん、なかなか可愛いネーミングですね。


「あっ、そっかあんた脚に鎖がついているのよね。気づかなくてゴメンね……」


 お優しいクラリーネ様は私のことを気づかってくださいます。いけません! この程度のことで人の手を借りてしまうようでは、ましてやこれから主人になってくださる方(決定事項)の手を借りるようなことがあっては、召使としてのプライドに関わると思います!


「大丈夫ですクラリーネ様! 私はこのまま雪の中を縦横無尽に駆け巡り、クラリーネ様の後ろをついていきます! 大丈夫です決して離れません! ご安心ください!」


「いや、それ、ストーカーだから」


 すとーかーとは何ですか? と聞けば、可愛い女の子の後ろをついてまわる犯罪者のようです。確かにクラリーネ様は可愛らしい女性ですが、私は牢獄に入れられるのは嫌なので正直に助けてもらいました。従者の道は遠いなぁ……。

「クラリーネ様! クラリーネ様!」

「どうしたのセレス? もうすぐ街に着くわよ」

「あ、はい! これからクラリーネ様のおうちにお世話になるのですね? 私、精一杯頑張ります!」

「え? あんた、私の家に来るの?」

「違うんですか!!??」


 クラリーネ様、それはあまりにも、あまりにもです。これではさっきの感動のシーンが心なしか薄れてしまいます。私はそのまま雪道で土下座をして懇願します。せっかく素晴らしい方に出会えたのです。こんなチャンスはきっともう二度と訪れないでしょう。


「でも、私の家、そこまで裕福じゃないし。あんたならもっといい家の主人に雇ってもらうことも」

「お願いしますお願いします! どうか見捨てないでください! 炊事、洗濯、掃除から床のお世話まで何でもやります! 特にこれといって得意なことはございませんが、贅沢は言いません! どうか、どうか」

「ちょっと」

「もちろんタダでも構いません! 寝床さえ用意していただけるなら馬小屋でも構いせん! どうか、どうか!」

「おい」

「ああそうだ、腹芸も出来るんです! もしお望みなら今ここでお見せします!」

「聞けや!」

「痛い! 縦に痛いです!」


 私が土下座しているところへクラリーネ様の鉄拳が下りました。どうやら興奮している私に罰を与えてくださったようです。ありがとうございますお優しいクラリーネ様。

「わかったから。よし、あんたを家で雇います。その代わり、本当に贅沢は出来ないわよ。家も狭いし……」


「はい、馬小屋でも構いせません!」

「いや、馬小屋ないから」


 それでは床で寝ますと言ったら、ちゃんと寝床くらい用意してあげると言われました。私は幸せ者です。果報者です。娼館でも寝床はありましたが、何故か一つベッドが足りなくて、私は男性ということもあり床で過ごしていました。起きるといつもお尻が痛かったです。

「さぁ早く家に行きましょう。そしたらまずその足の鎖と汚い服と汚い体を丸ごと取っ替えてあげるわ」


「か、体はやめてください……」


 どうやらクラリーネ様は私の今の状態が大変気に入らないようです。私としてももう何日も浴槽に入っていないため、クラリーネ様に近づくことすらお恥ずかしいのですが、それでも今は我慢しなければなりません。だって、私は救われたのですから。


 しばらくすると町に到着しました。セレナリアに再び戻って来ることになるなんて、さっきまでの私には考えられませんでした。これといって思い入れはないのですが、それでも未知の国に売り飛ばされるよりは、幾分か安心感があります。

 大きな門を潜る時、見張りの兵士たちに怪しい目で見られましたが、クラリーネ様は私の手を引っ張りながらさっさと門を潜りました。勇ましい人です。素敵です。ですが、そのあとが問題でした。クラリーネ様の家へ向かう為には、まず市場を通らなければなりません。その為、買い物にいらっしゃった方々、売り子、店主さんなどの目線を掻い潜りながらの徒歩となります。なぜ、そんなことをきにしなければならないか、と聞かれば、主に私のせいです。本当にゴメンなさいクラリーネ様。


「クラリーネが、奴隷を連れている……」

「ああ、遂にそのけに目覚めちまったんだ」

「きっと家に帰ったらあんなことやこんなことするんだ」

「ふ、不潔!」


 クラリーネ様は肩を震わせながら必死に有らぬ誤解に耐えていらっしゃいます。私は助けていただいたのです、誤解ですと言えたらどれだけいいか! ですがこんな汚らしい私が訴えたところで信用に足りるとは思えません。ですから私はひたすらクラリーネ様の手を握りながら早足で歩くのです。あ、でも、最後の人、不潔なのは私です。


「や、やっと着いた……」

「はい! クラリーネ様! ここがクラリーネ様のお家でございますね! わぁ! なんと素敵な作りでしょう! 家の前に素敵な絵が描かれていますね!」

「それは近所の子が書いた落書き」

「おうちの壁に素敵な模様があります! これはきっと神様からのメッセージですよ! ええと、汝、セレスを離すべからず……」

「あんた結構図太い性格ね……」


 はい、私はあなたの傍にいるためでしたら何でも致します。もう決めたのです。救ってくださったご恩は、一生をかけてお返しします。それと壁の模様は嘘です。


 クラリーネ様のおうちはとても静かでした。静か――それの意味するところはつまり、私とクラリーネ様以外の人の気配がないことです。がらんとした無機質な家具以外に存在を象徴するものがありません。


「ゴホン……ええ~ここでセレスに大変重要なお知らせがございます」


「あ、はいなんでしょうか? もしかしてお腹が空きましたか? 材料さえあれば私の腕によりをかけてお作りします。といってもお口に合うかどうかわかりませんが」


 娼館で働いていた頃は皆さま濃い味を好んでいらっしゃったのでその通りに作ったほうがいいのか、クラリーネ様の好みを聞かなければわからないですね。


「違うわよ。私を食いしん坊みたいな扱いにしないでちょうだい。えっとね……実は私、色々と秘密がある美少女なのよ」


「はぁ」


 思わずため息が出てしまいました。いきなり秘密があります、と言われてもどのように返事をしたらいいのか私にはわかりませんでした。それに、秘密なら私も――――。

 突然胸が苦しくなりました。そういえば私は、許されない罪を負っている身です。その罪を従者である私が、主人のクラリーネ様に詳細を聞かれれば自ずと話さければなりません。それを知ったら、クラリーネ様もきっと……。


「セレス。そんな顔しないで……大丈夫よ。あなたに約束して欲しいことがあるの。私のことは一切何も聞かない。その代わり、あんたのことも一切何も聞かない……そういうことにしましょう。そのほうが、お互いにとっていいと思うの」


「……はい。クラリーネ様がそう仰るのであれば、私何も言うことはございません」


 そう答えるとクラリーネ様は満足したように笑顔を見せてくれた。だけど私はちょっとだけ寂しく思いました。ただの召使である私がこのような気持ちになってはいけないのかもしれませんね。複雑なお年頃なんです。

                  ※


「ここが私の家よ。と言っても、自分のものじゃないけどね。好きに使ってもらって構わないわ。そのかわり、私の部屋には許可なく立ち入らないようにね」


「わぁ! なんて素敵なおうちでしょう! こんな素敵な家具、見たことがございません! ああ、料理器具がこんなに! これはどうやって使うのでしょうか!? 火力! 何でしょうかこの竈の火力は!? 一体何が使われているのか気になります! 早速調査に取り掛かりま」


「聞けってのよ」


「痛い痛い痛いです耳が裂けてしますーー!!」


 クラリーネ様は私が調理器具の魅力に囚われているところを助けてくださいました。だってどの品も私の見たことのない物ばかりでしたから。食器だって、これは噂に聞く『銀』というものでしょうか? とにかく興奮せずにはいられませんでした。例え自分の耳を犠牲にしてでも。


「ふぅ……まぁいいわ。家の中は好きに見てちょうだい。私はちょっと部屋で休むから。食事が出来たら呼んでちょうだいね。あと、その汚い体を洗って、ボロ切れのような服も捨ててしまいなさい。……その足枷は」


「クラリーネ様、ありがとうございます。私のことは気にせずどうかお休みください。私は今のままでも十分です」


「私が納得しないの。そんな足枷をしていたら私が変な趣味を持っているように思われるじゃない。冗談じゃない。一休みしたらさっさと外しに行くわよ。これは命令、わかる? 命令は絶対なの」


「……はい、申し訳ございません」


 クラリーネ様は私が謝ると、不満そうに眉を潜めましたが、やがて寝室へ向かいました。どうやら私は早速主のひんしゅくを買ってしまったようです。思わず気落ちしてしまいそうですが、そんな暇があるのなら、まずは自分の体を清めることから始めましょう。クラリーネ様はずっと鼻をつまんでらっしゃいました。私も正直限界です!


 急いで湯あみの出来る場所へ転がるように移動しました。全裸になり、少し開放的な気分ですが、それよりも早く自分の垢だらけ体を洗ってしまいたい。そんな欲望を抑えながら脱衣場から浴室へ足を踏み入れます……。


「ええ?? 嘘でしょう?」


 思わず絶望の声を上げてしまいました。なぜって、何だかヘンテコなものが置いてあります。それが長い管のようになっていて、その上に小さな穴が点々とついています。おそらくここから水かお湯が出てくるような仕組みになっているのでしょう。いくら私の頭が悪くてもそれくらいは判断できます。はい。

 問題は、


「どうやって、お水を出すのでしょうか?」


 残念ながら仕組みは分かっても、使いこなせるかは別問題。以前の娼館では、いつもは水を汲んでいて、清潔な布で拭くだけ。あとはお香を焚いてごまかすという生活でした。バスタブに入れるのも週二回。それもいつも一番後でしたので、汚れたお湯に浸かるだけなのです。

 そう、私は一度も浴室というものを完全に把握したことがないのです。であるのに、このヘンテコなモノを扱えるわけが、ありません!


「自慢できることじゃありません。どうしましょう」


 クラリーネ様に恥を忍んで教えていただくしかありません。ですが、せっかくお休みになられたのに、わざわざこのような小事の為にお越しいただくのもためらいがあります。


「セレスー? ごめんね。浴室の使い方、教えるの忘れてた。それね、最近出来上がったばかりで民衆に人気爆発中の商品でね。シャワーって、い、う……の…………よ」


 私がグダグダと悩んでいるところをお優しいクラリーネ様は自らの休息を犠牲にして足を運んでくださいました。ありがとうございますお優しいクラリーネ様。


「クラリーネ様、これは一体どう使えばよろしいのでしょうか? 私は今まで浴室というお湯に浸かるだけの場所と思っていましたが、ここにバスタブがなくって……無知で申し訳ありません」


「…………」


「お恥ずかしい限りです。このようなことではこの先やっていけるかどうか……ああ! でもご安心ください、私、料理とお掃除だけは得意でございますから! きっとクラリーネ様のお役に立って見せますからね!」


「…………」


 さっきからクラリーネ様は私の体を直視したまま無言で立ち尽くしています。私の体に何かついているのでしょうか? こんな垢だらけの体、とてもお見せ出来るような代物ではないので恥ずかしいです。こんな、裸……。

 ――――裸?


 私はようやく自分が愚かなことに気がつきました。クラリーネ様はしばらく身動きをいたしませんでしたが、やがてそのまま浴室に入り、何やらヘンテコな物を捻ると途端にお湯が飛び出てきました。


「あ、あっつい! あっついです! クラリーネ様! ああでもきもちいいです!」


「――――男、だったんだ」


 そうして、私はしばらく熱湯を浴びせられたあと、鬼の形相したクラリーネ様の前で正座させられております。

 拝啓、天国のお母様。行方知らずの妹セシルへ。

 私は、多分元気で頑張っております。だからどうか心配なさらないでください。お優しい主人と巡り会えて私は幸せでございます。ですが、私は一つだけ今日学んだことがございます。――――いくらお優しい人であっても、許してもらないことってあるんですね!

敬具


「セーーレーースーー!! よくも騙してくれたわね!!」


「ち、違うんです! 決して騙していたわけでは! 嘘ではありません!」


「あんたのせいで私汚れちゃったじゃないの! あ、あんな、おっきいもの、ふ、ふざけんじゃなわよ、この、この!!」


「い、痛いです! クラリーネ様! 鞭が背中に食い込んで痛いです! どうしてそんなものを持っているのですか!?」


「うっさい! 責任取れ! この! この!」


 クラリーネ様はお顔を真っ赤にして私をいじめ続けました。ですが、決して出て行けという言葉をおかけになりませんでした。私はそれだけでもこの方についてきたよかったと思えるのです。――例え、鞭が何故あるのか疑問に思ったとしても、それを容認することが出来るほどに。


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