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空、高く  作者: 時計塔
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序章

 私を、愛してください。

 それがわたくし、セレスが初めて教えてもらった言葉でした。

 セレス。それが私の名前。

 私はルベール大陸の帝都、「セレナリア帝国」の貴族街にある娼館で働いております。

 娼館――。

 娼館のお仕事はご存知でしょうか? 訪れるお客様の疲れた体を癒すお仕事です。

 五年前に両親を殺された私が連れてこられた場所がここでした。

 私はお客様を癒すことももちろんお仕事ですが、それ以外にも飯炊き、掃除、寝床の支度や用心棒などの仕事も兼任しております。

 私は男ですので、ある種の特殊性癖のある方にしかお客を取れない役立たず。

 ですから同業の方々よりも多く働かなくてはならないのです。

 働くことは嫌いではありません。だってそれ以外のことは分からないから。

 だけどお客様からたまに聞くお話には興味があります。

 なんでもこの帝都には『空挺』と呼ばれるものが発明されているのだとか。

 空挺とはなんですかと聞かれたら笑われてしまいました。

 そんなことも知らないのかい。空挺っていうのはね、空を飛ぶ機械さ。

 空を飛ぶ? それは、天使様のような翼をもっているのですか?

 天使様、か。まぁ天使様みたいな綺麗な羽じゃ、ないけどな。

 お客様はお乗りになったことがあるのですか?

 俺は軍人じゃないからね。今はセレナリア軍が空挺の所有権を独占しているから、民間人が乗れるのはずっとさきだわなぁ。

 それは、凄い、ですね。

 何が凄いのかは私には分かりません。ですが、なんとなくそんな言葉が出てきました。

 そんなに乗りたければ身請けしてもらって乗せてもらうことだな。とお客様は大きな声で笑っています。

 私のような男娼をもらってくれるのは、お客様のような方たちだけですよ。と言えば、女房に怒られちまうから勘弁してくれと謝られてしまいました。残念。

 

 私の一日は朝五時から始まります。まずは洗濯物を洗い、皆様の朝食を作ったあとに、同業の女性の方々のお食事を作ります。

「セレス、さっさとしなさい。お客様が待っているのだから」

 館の主人は香の香りと派手な宝石を身にまとった優しい方です。

 私はこの人のおかげで働かせてもらっているのですから。こんな身寄りのない私のような男を拾ってくださった優しい御方。


「全く、あんたは役たたずなんだから」

 だからどんくさい私が怒られも仕方がないのです。

「セレス、昨日のお客に身請けの話はしたの?」

 クスクスと同業の方たちは私を見て笑っています。

「はい。断られてしまいました」

 そう言うと、更に大きな声で彼女たちは笑います。

 私も皆が笑っていれば嬉しいので自然と笑みを浮かべます。

「さぁ、お前たち、仕事の時間ですよ」

 主人がそういえば一斉に彼女たちは立ち上がり、今日もお客様をとりに出かけます。

「セレス、お前はさっさと掃除をやっておしまい、客も取れない役たたずなんだから」

 私は何も不満はありません。そもそも文句を言えるような立場ではありませんし考えたこともありません。だって私を拾ってくださって暖かくはないけれど御飯を食べさせてくれたり寝床を用意してくれたのは舘の主人なのですから。

 何を不満に思いましょうか? 私は生きているだけで、幸せなのです。

 ですけど、たまにとるお客様の顔を思い出すのは恐いです。だから私はその日に来たお客様の顔を忘れてしまうので、またお越しいただいたお客様に不満な顔をさせてしまいます。その度に怒られてしまうので、ちょっと反省します。

 だけど、やっぱり怖いのです。


 私はこの館から出ることは買い出し以外ではありませんので、お客様や魚屋、八百屋さんの人に聞いたことしかわかりません。

 このセレナリア帝国は海に面しているためか各国との貿易が盛んに行われております。

 そのため、政治力、経済力、軍事力といった面で大陸では一番の力を持っているのだとか。

 また海で採れる新鮮な魚や近くの鉱山で採れる鉱石などの資源を力に啓蒙君主制(近代化を目指す)の名の下、セレナリア国王陛下の為に私たちは働いております。

 負け無しの力を持つセレナリア帝国は戦争をしなくても土地を手に入れることが出来ます。

 皆さんは賢いのでわかっています。セレナリア帝国に歯向かうことは滅びを意味することだと。

 もちろん戦争がなかった訳ではありません。自らの土地を守らんとする国もたくさんありました。

 けれども巨大な力を持つセレナリア帝国を前にしては一日をもたないで降伏してしまった国もありました。

 そんなことがあり、私たちのセレナリア帝国は「血塗られた常勝国」と言う恐ろしい名前が付けられているようです。

 ですがそんな事とは裏腹に、私たちの生活は豊かで活気に溢れたものです。

昔からセリナリアは天使様の加護に守られた国と言われていました。

天使様に祝福を受けた人々は天人と呼ばれ崇められます。それが貴族街の成り立ちと言われています。国王は天使様に選ばれた者の子孫であり天使の子だと言われています。

反対に、これは根も葉もない話なのですが貧民街、昔私が住んでいたところは悪魔に祝福された者たちの集まりなのだそうです。

悪魔の子と忌み嫌われている理由は、ただ単に汚らしいという理由だけなのです。

私も貧民街の出身なのでこのことについては少々不服もあるのですが、私は男娼ですので文句など言うことは出来ません。

ですから私はこう思うことにしたのです。

悪魔に祝福されることは別に悪いことではないのだと。

貧民街の方たちが悪いことをしたわけではありません。だから天使様が祝福を与えてくださらなかった人たちは悪魔様が代わりに救ってくださったのだと。

都合がいいでしょうか。ですが私は頭が悪いのでいい方に考えてしまうのです。


 今日は何だか商館の様子が少し違うような気がします。

 心なしか人の入れ替わりが激しいような……。

(つい………ばれ…………せっ……きたのに…………はや……逃げ…………)

 館の主人が誰かと話しているようです。

 盗み聞きはよくありません。私はそこから離れようと来た道を引き返そうとした時、


「ここの主人はいるか!!」

 怒鳴り声を上げドカドカと入り込んでくる腕章を付けた人々。

「セレナリア軍人!?」

 誰かがそう口にしたのを発端にわぁと人々が叫び声を上げて外へ逃げていきます。

「貴様、ここの主人のところへ案内しろ」

「ご用件は私がお伺いいたします」

 私は幾分の背の高いその男へ歩み寄り腰を曲げて挨拶をします。

「この前身請けした女が逃げ出したのだ。どう責任をとってくれる!?」

「恐れながらお客様。身請けをしました女に付きましては当方では責任を負いかねます。これは事前にお話を通してあるはずでござます。お引きとりくださいませ」

「なんだと!? 貴様、軍人に逆らう気か!?」

「お客様、滅相もございません。どうか、お引き取りくださいますよう……」

「黙れ淫売な職業で稼ぐ売女どもが。知っているのだぞ、お前の主人が人拐いと闇取引をして子供を買っていることを!」

 …………。

 それは初耳でした。私は両親が殺されたあとに来た男に連れ添いながらこの場所を紹介されたのです。 

 来た時は恥ずかしながら私の容姿が女性のようだったので間違えたと悔やんでいるようだったのですが、それでも私のことをここに置いてくださったお優しい主人なのです。

「主人はお優しい方です。ですからやましいことなどありません」

 セレナリアの軍人さんはニヤリと笑いながらこう言いました。

「まぁいい。今度はお前が楽しませてくれれば、今回のことは無しにしよう」

 そう言って軍人さんはさって行きました。緊張していた私は、一息ついたあとに、主人に報告をしようとさっきの部屋に移動します。

「ご主人様、さきほどセルナリアの軍人様がお見えになったのですが」

 そう言うと主人は「ひぃ」と引きつったような声を上げていましたが、しばらくすると「入りなさい」と言われ、それに従いました。

「セレス、仕事です。彼を、殺しなさい」

 私は用心棒として、女性に乱暴を働いたお客様を追い出すために一通りの訓練を受けておりました。ですが殺したことなど一度もありません。

 当然私は言いました。殺せませんと。

「だったらあなたは今日でクビです。役たたずはこの娼館には不要よ」

 何かを得るには何かを失わなければならないの。という理屈で諭された私は、しかしそれは何か違うのではという反論らしい反論もできなくて、ただいうがままにその仕事をこなす為に支度をはじめました。


「私を愛してください」

 一夜限りの恋人、一夜限りの夢。この館に、今日も癒しを求めて貴族の方々がお越しにまります。

 そんな中、私のような男娼を好いてくださるお客様がいらっしゃいました。

 鷹の腕章、屈強な体つき。セレナリアの軍服。

「驚いた。君は男だったのか……」

「お嫌いですか?」

「いや、いい。とてもいい気分だ」

 お客様の満足した声に私もニコリと口だけの笑みを浮かべます。

 個室に移り、着飾ったドレスをゆっくりと魅了するように脱ぐ。

 お客様の荒々しい息遣いとベットの軋む音。

 お互いに寄り添いながら一夜限りの夢現。

「ゴメンなさい」

 その声と共に私は頭に刺さっていた簪をお客様の眼球に向けて一気に突き通します。

 断末魔の叫び声を口を抑えつつ後ろに回り込み首を徐々に締め上げていきます。

 やがてゴキッという嫌な音と共にお客様は屍となり、それをボーッっと見ている私。

 初めて人を殺しました。

 人を殺すことは悪いことなのです。

 だけどご主人様のためですから。

 仕事なので、仕方がないのです。

 



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