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matataki

ハツ姉のハンカチ

作者: 大橋 秀人

 瞬くと、初音の長い黒髪がさらさらと風にそよぎ、ハッとするほど艶かしい首筋が覗いた。時折ポケットから真っ白なハンカチを取り出し、首筋に押し付ける姿に征爾は慌てて目を逸らし、下を向く。自転車の荷台に腰掛け、彼女の腰になるべく触れないように手を添えながらバランスをとった。

「くすぐったい。もっとしっかり捕まっていて」

 初音は笑いながら彼の手をとって、自分の腰へあてがった。もうすぐ夕飯時だというのに辺りはまだ明るい。征爾は何も悪いことをしていないのに、誰にもこの状況を見られたくない一心で坊主頭を縮めた。


 五月の末の週末、小学校野球部最後の大会が行われた。エースで四番である征爾の活躍でこの日は勝利し、もう一つで目標である県大会の出場権を得られるところまで来た。試合会場から小学校へ戻り、ミーティングを終えた時、初音の姿が目に止まった。久しぶりに見る彼女はどこか大人びていて、二年前まで一緒に汗を流した校庭にいることにさえ違和感を感じた。ずっと一緒に居たのに初音が中学に上がってからは会う機会が少なくなっていた。

「おつかれさま」

 部活を終えて校門を出ると、初音が待っていた。

 征爾は初音に誘われるまま彼女の自転車の荷台に乗って自宅まで送ってもらうことになった。誘ったわりに重さで上手にペダルを漕げない彼女を見かねて、征爾は荷台を押して助走をつけた後に飛び乗った。

「セイジ、また背、伸びた?」

「うん、ハツ姉は?」

「伸びたけど、もう少しで抜かれちゃいそうだね」

 そう言うと初音は上体を反らし、征爾に背中をくっ付けてきた。彼女の肌の熱と、黒髪から漂う良い匂いを感じてはいけないもののように思い、彼は顔を背けた。

 二人は家が近所で、小さな頃から何をするにも一緒だった。小学校では同じ登校班で、その年代では周りに同年代がいなかったので、結局、初音が卒業するまでの四年間を二人きりで登校した。初音が四年生の時に野球部に入ると、征爾も追いかけるように入部した。野球部しかない小学校でも、部員は常にぎりぎりで、時折女子に白羽の矢が立つこともあったのだ。当時は彼女の父親がコーチをしていたので、初音は入らざるを得ない状況だった。

「県の大会、出られると良いね」

 前方を見たまま楽しそうに初音はそう言う。久しぶりに会ったというのに、彼女の態度は以前と何も変わっていなかった。にもかかわらず、何かが確実に変わってしまったように征爾には感じられ、それが何かわからないことがもどかしかった。

「次の試合も見に来てくれる?」

 そっぽを向いて呟いてみたが、声が小さすぎて風にかき消されてしまったようだ。征爾はむなしくなって彼女の背中を窺った。

「私も忙しいからね」

 暫くして初音は可笑しそうにそう答えた。

「来ないと、力、出せないかも」

「何言ってんの、この子は」

 征爾の精一杯の言葉にも、初音は軽く笑い飛ばして見せた。

「子ども扱いするなよ」

 膨れっ面をその背中に押し付ける。

「子どもでしょ?」

「これでもエースで四番なんだぞ」

「はいはい、そうね。セイジの活躍が勝利の鍵を握っているんだもんね」

 まるで母親のような口調で初音は征爾をなだめた。

 

「ここでいい」

 そう言って征爾は自転車を飛び降りた。自転車は二人の家の中間に位置する公園に差し掛かったところで止められた。

「家まで送ってくよ、直ぐそこじゃない」

「大丈夫、ありがと」

 短く礼を言うと、初音は無言で首を振った。

「次、もし勝ったら、県大会には来てくれる?」

 征爾の言葉に彼女は、まだ言ってる、と笑った。

「汗、かいてるよ」

 初音はそう言ってハンカチを取り出し、征爾の額から首筋の汗を拭い、最後にそれを坊主頭に載せた。

「試合、頑張ってね」

 そう言って彼女はペダルに足をかけた。

「これ・・・」

 頭の上のハンカチを初音に差し出すと、彼女は振り向き、

「次に会うときに返してくれればいいから」

 と言って自転車を走らせた。黒髪が軽やかにそよぎ、涼しげだった。姿勢のいい座り方で颯爽と走っていくその後姿を征爾は追い続けた。

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