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変わり果てた先輩に……

 翌日、仕事を終えて篤志が私を迎えに来た。

「ほら健斗、ゲームばっかりしてないで、ちゃんと宿題しときなさいよ」

その言葉に、健斗が面倒臭そうに

「はいはい」

と返事をする。上の息子拓也はまだクラブから帰ってきていない。突然出かけることになっても手は掛からなくなったなと思いながら、車に乗り込む。すると篤志は、

「なぁ冴子、驚くなよ」

と言った。でも、

「何が?」

と聞き返しても、

「ちょっとな。でも、行けばわかるから」

と歯切れが悪い。美加と言い、気を遣いすぎだと思う。今更死んだ相手に対して焼けぼっくいに火をつけてどうしようと言うのだろう。篤志、私はもうとっくに君しか見てないのに……

 だけど、お通夜(前夜式というらしいが)の会場に入って、私は美加や篤志の歯切れの悪い言葉の本当の意味を知った。

 まず、教会の入り口近くの長椅子に、先輩のかつての配偶者、博美さんが座っていた。やっぱり元の鞘に納まっていたのか。でも、これは充分私には想定内の範囲だった。この教会でお通夜をすると聞いた時からそうなんだろうと思っていた。

 それで、私が彼女に声をかけようかと逡巡している間に、堀木さんが男性を一人伴って入ってきた。おそらく、彼も篤志や堀木さん同様、私が辞めてから入社した会社の同僚なのだろう。堀木さんは博美さんに気づいて、お悔やみの挨拶を述べた。

 博美さんは堀木さんの挨拶に応えながら、もう一人の――綿貫さんと紹介された人――を見てから先輩の遺影を見て、再び綿貫さんに視線を戻した。その時彼女は、こっちが思わずドキリとするほど寂しそうな顔をしていた。

 その理由は、改めて先輩の遺影を見て気づいた。それは確かに先輩なのだけれど、先輩じゃない。先輩だとは認めたくないと言った方がいいのだろうか。祭壇に飾られていたのは、私が最後に会った彼より明らかに20kg……おそらくはもっとだろう、体重が増加しているであろう先輩の笑顔だったからだ。

 確かに私がまだ勤めている頃からその兆候はあった。だけど、私がいたころはまだふっくらとした中年太りくらいだったのだ。

 そして、今堀木さんと共に訪れた人も相当な巨漢だ。写真と比べるのは難しいが、体重的には先輩より多いかもしれない。彼女は綿貫さんの行く末を心配してあんな顔をしたのだろうか。あるいは先輩よりもさらに肥満した彼が生きていて、先輩が死んだことが納得できないとでも思っているのか。

 私は無性に腹立たしくなった。そんな顔をするのなら、あんな白々しいお芝居を真に受けてさっさと離婚などしなければ良かったのよ。自分がどんなに愛されていたかも知らないで、悲劇のヒロインになりきっていた彼女。自業自得だ、私はそう思った。

 博美さんはそのまま後ろにいるつもりだったみたいだが、親戚らしい女性(後で、先輩のお姉さんだと知ったが)に促されて渋々前の席に移動した。私たちは博美さんが座っていたのとは反対の長椅子に陣取った。

 牧師のメッセージで、先輩が半年ほど前から教会に通っていたこと。そのきっかけは病気であったこと。もうすぐ博美さんとよりを戻すはずだったことを聞く。みんなが涙を流す中、私にはどんどん怒りが積もっていった。

『博美を壊したくない』が先輩の離婚の理由だった。『だから、お前の気持ちには応えられない。俺は今でもあいつが好きだから。ただ、俺が引きたくても引けなかった引き金を引いてくれたことは感謝する』あのとき、先輩はそうとまで言ったのよ。

 それなのにあなたは、先輩を壊した。許せない……

 前夜式の終わりを告げるアナウンスを聞いた私は、衝動的に博美さんの前に出ていくと、

「人殺し! 先輩はあんたに殺されたのよ!!」

と叫んで彼女を平手打ちにしていた。

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