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第二話

「誠実な人間とは、その心が清潔で、曲がったことをせず、虚栄心とは無縁な人のこと」_トマス・キャンピオン



 「おっせーよ、てめえ」

 「ごめん」

 「ああいいよ。いくぞミツル」

 「うんごめん」

 「今日も学校まで『けりっこ』な」

 「いいよ」

 「今日まけたら給食のおかずよこせな」

 「やだけどいいよ」

 「どっちだよ、でも決まりな」

 マサル君は、蹴り心地の良さそうな路傍の石を爪先でちょこんと蹴り、僕の足元に運んできた。

 私は粗忽者であります優様。

 「私は『けりっこ』に際し、勢い余っていつもを車道へと蹴りこんでしまいます。つい先日の登校中の事でありました。じぃん、と右足の親指に残る感触の余韻に浸る間もなく、優様の機嫌をいっそう損ねてしまいました。それはそれはいつもいつも、私の責に帰すべき事由から始まるのですが。小石をなくしたお詫びに、私はコミックボンボンのギャグ漫画のモチーフとした、鼻水を垂らしながら『へろへろ~』と、手振りを添えて風に身を任せふわふわと揺らめく少年を真似するあの渾身のギャグをかまします。優様はふふふ、と笑って下さるのみで、ひとつも御咎めは御座いません。ああ流石です素晴らしいです優様。土手を挟んで人気のない工場跡地には、ぼうぼうと雑草が生い茂っています。優様はそこに踏み入り、程良いサイズの新しい小石を難なく見つけ出し、何事もなかったかの如く『けりっこ』を再開致しました。雑草地帯に踏み入った跡として、脛の辺りから小さな切り傷が見えました。優様にふさわしい鮮やかな褐色の血でありました。痛かったかもしれません。しかしその傷跡は数十年後、古傷となり、確実に勲章となるでしょう。私を護って下さった、その厳然たる事実が存在しているのですから。ダイヤモンド・イズ・ノット・クラッシュです優様。私が優様の片想いの女の子で御座いましたら、その傷口に喜んで唾を付けてあげましたのに。しかし優様は切り傷の事などまるで意に介さず、後半開始のキックオフを宣言致しました。通学している生徒の影はまばらでしたので、優様は『ようし』と一呼吸置きながら、ギアを一段階上げました。蹴り出された小石は、あたかも危機を脱したゴールキーパーのフィードバックのように優美な放物線を描き、落下点に標準を合わせながら、その軌道はブレること無く無事に着地し、ころころと心地よい打撃音を繰り出しながら、PAR5のラウンドで見事2オンに成功した若手ゴルファーの様な清々しいガッツポーズを見せて下さいました。非常に素晴らしいショットで御座いました」

 「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 怪訝そうな表情で僕を見つめる優様、もといマサル君。

 あっ。

 あっあっ。

 なんか思ってる事をそのまま口に出してしまったらしい。

 マサル君は何が起こったのかよく分からない表情、ぽかんとしていたけど、でも直ぐに『けりっこ』の事を思い出したみたい。

 「何いってっかよくわかんねーよ。はやくけれよ」

 「うんごめん。わかった」

 上手く誤魔化せたようだ。

 そうして僕はサポーターの期待を一身に背負うフォワードのように、開始早々から凄まじいキャノンシュートを放った。

 結局僕とマサル君は学校に着くまでに、18個もの路傍の石を消費した。

 ある時は車道に出して轢死させ、またある時は崖の下に突き落とし、転落事故に見せかけた巧妙な手口で保険金を稼ぐ悪徳街金業者のように上から目線で路傍の石が落ちるのを眺め、またある時は白熱した『けりっこ』を展開し、一進一退の攻防の末に前の黄色い学帽を付けた一年生に小型モーター搭載の路傍の石が勢い良くスピンしつつ、女の子の脹ら脛(厚手の靴下ごしではあったのだが)にぶつけてしまい、わっと泣き出してしまう様なアクシデントをも潜り抜け、ようやく御牧ヶ原小学校へと辿り着いた。

 最後は消耗戦の様相を呈していた。

 マサル君の兵糧攻めに遭いながらも、最後は僕のけりっこファイターのど根性が炸裂し、逆転勝利を収めた。

 通算成績は14勝17敗。

 中5日制が浸透する昭和40年代の弱小球団のエース並の成績である。

 十分に誇って良い成績だ。

 因みにマサル君は気分屋で、登校中に何も話さない事だってある。

 そして僕からは無理して余り話しかけない。

 お互いの暗黙の了解があるのだ。

 「あーくっそあーくっそあーもうくっそ!!!今日お前のおかずマジしょぼくなれ!!!」

 「うん」

 「つーかまじうぜぇし。あの女まじうぜぇな。あいつ先生にチクると思うぜ。もしそうなったらお前のせいだかんな」

 「うん」

 玄関に着き、『けりっこ』の跡が残る下足から、母さんに洗ってもらいたての白い上履きに履き替えた。廊下を通る際に、かな子さん、一朗くん、よし江さん、良一くん、みな子さん、ゆみ子さん、こずゑさんにすれ違って、『おはよう』と挨拶をした。

 まだ足元からは熱が発散する様子が伝わってくる。

 すごく、靴下がムレる。


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