第一話
「理性によって正しく認識されたものが真理であり、悟性によって正しく認識されたものが実在である。真理はすなわち、十分な根拠をそなえた抽象的な判断のことである」_アルトゥール・ショーペンハウワー
「ミツルーっ!ご飯できたよーっ!起きてーっ!!」
キンキンと鳴り響く目覚まし時計をばんばんばん、と叩く。
視界には愛用のグレーの回転椅子。
時刻は朝7時15分を経過している。
「…………ん~~~~~~~~~ぅ………………」
胸を突き出し、背中をググッと曲げて伸び伸びのポーズ。
「……ふぅ………んぁ、夢……夢かぁ……」
二度寝したいのも山々。
夢を夢だと自覚した時から、だいたい分かっていた。
5時頃、サイレンの音で眼が覚めてしまい、うつろな状態が続いていた。
半覚醒、なんて言えばカッコいい。
この前述したシチュエーション、これは全て夢である。
物語の主人公である鎹十こと僕は、この一連の流れが全て夢であると自覚していたのだった。
僕はドヤ顔でそう言った。
キリリ。
「早く来なさーい!!マサル君待たせちゃうわよーっ!!」
野鳥が元気よく鳴き始め、新聞の配達員さんは一仕事終える時間帯。
この国を支えるサラリーマン達は、妻の用意した糊のきいたワイシャツと背広姿に着替え、『さぁ、今日も仕事を始めよう!!』と意気込む。
ある人は新聞片手にはぐはぐと握り飯を平らげ、又ある人は奥さんの温かい朝餉にありつきながら今日のスケジュールを確認する。
人間の、一番元気な時間帯かもしれない。
そんな下らない事を考えながら、黒のセーターに濃い色のジーンズに着替え、そそくさと階段を降りていった。
黒い外套を着て街道を闊歩する。
なんて言えば、ちょっとはカッコいいのかも。
母さんは僕の寝不足を心配してくれた。
サイレンの音で、母さんも起きていたらしい。
「学校から今日は連絡あるかもね。まぁ私も、救急車かパトカーの違いを音で聞き分けられなかったけど。朝から必要のない五感を使わされるのは好きじゃないわねぇ…」
そう呟きながら、母は成分無調整と明記されている牛乳をトクトクとコップに注ぎ、これを僕が飲み干す。
毎日のルーティーン。
母は息子が飲み干すかどうかで、息子の健康状態を把握しているようだ。
学校では欠席者の分まで牛乳を(いやいやながら)飲んでいる僕にとって、こんな簡単につける嘘はない。
眠いです休みたいですすみませんお母さん。
そういえば昨日の夕方、『嘘』という単語をネットで調べたら、片仮名で『コンソジュ』という言葉が出てきた。
「政治とはおそらく、戯言=『嘘』の特権的な場所なのでしょう」
ポストモダン世代の哲学者、ジャック=デリダの言葉らしい。
政治的イデオロギーの無い根無し草状態が見事に露見した政府に対し、正鵠を射たアフォリズムだ。
困ったら、何でもかんでも伊勢神宮に参拝すれば良いってもんじゃないだろうに。
屹立とした姿勢で朝餉を食べている父をよそ目に、僕は食事を終える。
元気が溢れ返る程の男子小学生を演じようと、廊下を走って玄関に向かい、靴べらを使いなさい、と毎日の様に言われている習慣を思い出し、それを無視して踵を潰すような履き方をして、ドアを開けた。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
石段を駆け下り、友達が待っている橙色の柱のミラーの元へ、急いで走った。
マサル君ごめん、遅刻しちゃった。