異世界自販機
貧しい男が真夜中、街の片隅で、タンスほどの大きさの光る四角い金属製の箱の灯りで書物を読んでいる。
男の名は自称学者のラディ。宮廷学者の採用試験に十数回落ち、本人ももう受かる見込みはないのは百も承知しているはずなのに、今更引っ込みが付かず。誰か通りがかりに感心してくれないかと毎晩箱の前で猛勉強しているアピールしながら獲物を待ち構える、いわゆる負け犬だった。
もちろんラディは夜遅くまで起きているから昼間はぐっすり寝ていた。
この箱はひと月ほど前、ジタン王国の街の片隅や城塞の外の街道の脇、さらには魔物がうごめくダンジョンの深層にまで、突如として出現した。
ボタンを押すと中から冷たくて甘い琥珀色の液体が出てくる謎の箱。
事態を重く見た国王は、鑑定士に液体を鑑定させた。その結果、香りの付いた砂糖水で、一度に大量に飲みさえしなければ無害と判明したのである。
「みだりに破壊することを禁じる。口にする場合は自己責任とする」というお触れを出し、宮廷学者や宮廷魔道士に追加調査を命じた。
そんな騒動の裏で、街で悪名高い強欲商人ガストンは、悪知恵を働かせていた。
「無料の飲み物を、箱がない遠くの村で売れば大儲けできる」
そう企んだ彼は、真夜中、部下たちを使いボタンを押しまくり、出なくなるまで数万本ものボトルを吐き出させた。
箱の前で書物を読んでいたラディはガストンに邪魔だと押しのけられ、離れた場所で本を読みながらガタンゴトンという音を夜明け近くまで聞き続けた。
しかし強欲商人ガストンの思惑は上手くいかず。自販機は大陸中に同時出現していたため、遠くの村でも冷えた紅茶など違う商品がタダで手に入り。ガストンのぬるい砂糖水は全く売れなかった。
仕方なくガストンは大量の在庫を投げ売りするハメになり輸送費ぶん大損した。
ある夜、一人のしがない流れ者の冒険者の若者が箱の前を通りがかった。
前世日本で自販機の補充の仕事をしていた記憶を「不思議な夢」だと思い込んでいる転生者が、その箱の前を通りがかったのだ。
若者は箱を見るなり、目を丸くして叫んだ。
「はぁ!? なんで夢の世界にあった『自販機』がこんなところにあるんだよ!?」
金属の箱の陰で本を読んでいたラディが、ガタッと立ち上がった。
「……いま、ジハンキと言ったか? 詳しく教えてくれ!」
ラディは狂気的な目つきで若者の胸ぐらを掴み、自販機の明かりの下で朝まで問い詰めた。若者が語る「夢の世界の知識」によって、ラディの中で全てのパズルのピースが噛み合い、注意書きの全てが解明された。
それは、人間の魂に刻まれた『徳(電子マネー)』で買い物をさせる箱だった。
毎日一本買ったとすると27年後に電子マネーを使い果たし買えなくなり。
徳を積めば電子マネーはチャージされ買えるが、ジュース一本代チャージするには数日分の善行(無償労働)が必要で全く割に合わない計算になる。
さらに、自販機の前に立つと、画面にその人間の徳が異世界数字で冷酷に表示されることも判明した。
これが判明した瞬間、街の宗教関係者は真っ青になった。
偽善や魂の格付けが白日の下に晒されるため、宗教者たちは「あれは悪魔の箱だ」と主張し、人前では絶対に自販機の前に立たなくなった。
そして、この物語はラディの「もう一つの大発見」によって、国家をも揺るがす結末を迎える。
ラディが王宮へ提出した自販機の調査報告書。その中には、日本の歓楽街の路地裏にひっそりと設置されていた、ひときわ怪しい自販機の記述があった。
そこには、こう書かれていたという。
『避妊具・コンドーム(薄さ0.01ミリ)』『滋養強壮精力剤・赤マムシドリンク』
報告書を読んだ国王は、ガタリと玉座から立ち上がり、目を見開いた。
実はこの国王、大の女好きであった。しかし、側室やメイドを妊娠させまくると、将来の「王位継承争い(骨肉の泥沼劇)」に発展して国が滅びかねない。なので部屋から立ち去るメイドのお尻を良いと眺めながらも泣く泣く自重していたのだ。
「おい!その方……! この『こんどーむ』という薄膜の障壁は、本当に、確実に子種を遮断できるのだな!?」
「は、はい。夢の世界の記録によれば、避妊率はほぼ完璧。さらに『あかまむし』なる魔法の飲料を併用すれば、ナニが元気になるとか……」
「すっ、素晴らしいッ!! すぐに国中の自販機を調べろ!」
それまで、その怪しい自販機は「子供の安っぽいおもちゃ」風船だと思われて放置されていた。
国王はすぐさま騎士団を動かし、国内にある『大人向け自販機』を全種類王宮へと秘密裏に運び込ませた。
この「完璧な避妊具」の導入は、王宮のメイドたちを大いに歓喜させた。
王宮のメイドにとって、王のお手つきになることは、妊娠リスクさえなければ「最高のキャリアアップ」だったからだ。
「王様と良好な関係を持った女性」をお下がりとして妻に迎えたがる男は、世間に五万といる。なぜなら、将来なんらかの不祥事を起こしたり、トラブルに巻き込まれたり、戦争が起きた際、王様は『あいつは元俺の女の亭主だからな……』と、無下にできずに助け船を出す確率が高いからだ。
つまり、王のお手つきになるだけで、メイドの女としての価値が跳ね上がり、将来の結婚市場で超優良物件になれるのだ。
「あぁ、妊娠で派閥争いに巻き込まれる心配をせず、王様と夜を過ごせるなんて最高だわ♡」
「これなら妊娠しなくても不妊症と疑われず、将来玉の輿に乗れるわ♡」
「この国で一番偉い人とベッドの中では対等なんて面白すぎる(笑)」
メイドたちは色めき立ち、王宮の夜はかつてないほど華やかで活気に満ちあふれた。
国王は「王位継承問題」という政治的リスクを完全にゼロにした状態で、毎夜さまざまな女性たちと至福の時間を過ごせるようになり、赤マムシドリンクの恩恵で、全盛期のリビドーを取り戻した。
「ラディ! お前は国の平和を守り、余の人生に最高の彩りをもたらしてくれた! 感謝する!」
国王は大歓喜し、ラディを「宮廷名誉学者」として正式に雇用。破格の国家予算と、夜でも太陽のように明るい最高級の魔導ランプを支給した。
そして前世日本人だった男はラディの推薦で名誉市民となり、毎月金貨十枚の恩給が支払われた。
それから約十年、住民の大半は電子マネーを使い果たし、自販機で買える商品は高額で転売されるようになり。
ガストンは更に悔しがりましたとさ。




