第4話 制度的勇者に関する記録
人類初の制度的勇者が登場するまでの経緯をここに記す。
なお、これはエンターテインメント小説の類ではない。
学術的用語の解説は省略する。各自調べていただきたい。
本制度は、Web3.0時代における労働と信用の再定義を目的として設計された。
2020年代後半、インターネットは中央管理を前提としない記録技術を社会に実装し始めていた。
Web2.0が企業による管理と仲介を拡大した時代であるなら、Web3.0は、単一の管理主体に依存しない記録と合意形成を前提とする思想である。
この流れは金融やコンテンツに留まらず、労働市場にも及んだ。
スキマバイトを起点とする短期労働が一般化し、雇用契約は高コストで非効率な制度とみなされるようになった。
副業が一般化し、企業や官公庁ですら賃金の不足を副業で補うことを推奨する時代だった。
仕事は雇用ではなく、条件を満たした個人に委託されるものへと変化した。
その前提となったのが、個人の信用を国家や企業から切り離して記録する仕組みである。
本制度は、複数組織が参加する許可型ブロックチェーン上に構築された。
労働履歴、達成率、評価結果は分散型台帳に記録される。
記録は改ざんが極めて困難であり、単一主体による操作は事実上不可能とされた。
履歴更新の条件はスマートコントラクトによって定義された。
作業完了は複数のデータソースによって検証され、条件を満たした場合のみ記録が自動更新される。
例外は存在しない。
例外処理は人間の判断を必要とするため、制度から排除された。
こうして蓄積された信用は、一人につき一つのNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)に紐づけられた。
実際の履歴データは分散ストレージに保存され、NFTはその参照と所有証明を担い、トークンIDとメタデータ参照を通じて履歴の一貫性を保証する。
この信用NFTは譲渡不能型(いわゆるSoulbound Token)として設計されている。
売買も担保化もできない。
資産ではなく、人格の外部記録として機能する。
仕事の提示に際して参照されるのは、この信用NFTのみである。
仕事の配分は人間によって行われない。
社会的必要度。
緊急性。
達成精度。
継続性。
これらを入力値としてAIが候補解を生成し、DAO(Decentralized Autonomous Organization)のガバナンスロジックに基づき、スマートコントラクトが最終的な割当を確定する。
拒否は可能である。
ただし、拒否という事実も記録として残る。
理由は問われない。
理由を扱うこと自体が非効率と判断された。
一定期間、信用NFTが更新されない場合、新たな仕事は提示されなくなる。
制裁ではない。
計算対象から外されるだけである。
この制度の中で、最後まで記録を途切れさせなかった個人が現れた。
彼は特別ではなかった。
能力は平均的で、才能も統計上は平凡だった。
ただ、提示された仕事を一度も拒否しなかった。
沈黙を守り、評価を揺らがせず、履歴を更新し続けた。
結果として、彼の信用NFTは制度上最も安定した状態となった。
制度は、この状態を示す名称を内部仕様として定義した。
「制度的勇者」
個人を称賛する言葉ではない。
制度が設計通り機能していることを示す指標である。
分散台帳の記録によれば、当該人物は認証時点で六十五歳だった。
定年という概念はスマートコントラクトに実装されていない。
終了条件が定義されていないためである。
勇者は、今日もログインしている。
それが、この社会で最も合理的な行動としてコードにより保証されている。
――なお、同様の事例はこの時から現在も増加している。




