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「だから言ったろ」という言葉

作者: TOMMY
掲載日:2026/02/15

「だから言ったろ」とは、よく言ったものだ。


数多の戯言を並べておけば、そのうちの一つはいつか現実に触れる。

そうして人は、いかにも見通していたかのような顔で、その言葉を放つことができる。


それで、人は勝ち誇ることができるのだろうか。


動画サイトには、無数の予言が溢れている。

来月の暴落、来年の震災、某国の崩壊、著名人の失脚。

広く、曖昧に、あるいは異様に具体的に。


それらの大半は忘れ去られる。

外れた言葉は記憶に残らない。

だが、たった一つでも符合すれば、その瞬間に切り取られ、拡散される。


「ほら、言った通りだ」と。


人は結果だけを見る。

なぜ当たったのかを問わない。


それが統計的な必然なのか、偶然の一致なのか、

無数の失敗の中の一つなのかを検証しない。


ただ「当たった」という一点に、意味を与える。


その瞬間、偶然は運命へと姿を変える。

推測は啓示となり、発言者は預言者へと昇格する。


そして不思議なことに、的が小さければ小さいほど、価値は跳ね上がる。

偶然の幅が狭いほど、奇跡の濃度は増す。


やがて人はそれを能力と呼び、

超能力や神の声と名付ける。


しかし、その本質は何なのだろう。

ハッタリかもしれない。

鋭い観察かもしれない。

あるいは、ただの確率の収束かもしれない。


いずれにしても、そこに「真理」が宿ったと断言する根拠はない。


にもかかわらず、人はそこに真理を見出す。

正確には、見出してしまう。


人は事実を求めているのではない。

意味を求めているのだ。


適当に買った宝くじの当選者よりも、同じ番号を買い続けて宝くじに当たった人間の方が印象的に映る。


出来事が偶然であることよりも、

そこに意図や秩序があると信じるほうが、世界は理解しやすい。


この構造は、動画サイトの中だけの話ではない。


世界にある宗教も同じ構造ではないだろうか。


預言、奇跡、啓示。

それらもまた、選び取られた出来事に意味を与え続けた歴史なのかもしれない。


もちろん、そこに真理がないと断じることはできない。

だが、真理があると証明することもできない。


それでも人は、信じる。


あるいは人は、真理を発見しているのではない。

真理が存在すると信じられる構造を、自ら作り上げているのかもしれない。


もしそうだとしたら──


「だから言ったろ」という言葉は、

未来を言い当てた証ではない。

偶然に過ぎなかった出来事に、

必然だったという意味を与えるための言葉なのだろう。

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