第八話 公の場 ― 表と裏
謁見の許しは、
思っていたより早く下りた。
襄陽では、
早いということ自体が、
一つの返答でもある。
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通されたのは、
過度に飾り立てぬ広間だった。
武の気配は薄い。
だが、
人の配置が整っている。
(……この方は)
(力を振るうよりも、
均すことを選ぶ)
一目で、そう思った。
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劉表は、
穏やかな表情でこちらを見た。
年を経た目だ。
だが、鈍ってはいない。
「交州より参ったと聞く」
「は」
拙者は一礼し、
余計な言葉は添えなかった。
商人として来た。
それ以上でも、
それ以下でもない。
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劉表は、
こちらの持参した品に目をやった。
沈香。
桂皮。
少量の金物。
どれも、
「珍しい」ほどではない。
だが、
粗くもない。
「南の品は、
扱いが難しいと聞くが」
「はい」
「ゆえに、
無理は致しませぬ」
劉表は、
わずかに口元を緩めた。
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「そなたは、
官を望まぬのか」
直球だ。
拙者は、
少し考えてから答えた。
「今は、
商としての務めを果たすのが先かと」
「商もまた、
世を支える役目」
「その役を、
乱さぬようにしたいのです」
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劉表は、
しばし沈黙し、
それから頷いた。
「荊州は、
今後も人が流れ込む」
「剣を持つ者も、
書を抱える者もな」
「混ぜぬようにするのが、
わしの役目だ」
拙者は、
その言葉を胸に刻んだ。
(……なるほど)
(この方がいる限り、
襄陽は“場”であり続ける)
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謁見は、
それ以上長くはならなかった。
恩賞もない。
約束もない。
だが、
拒まれもしなかった。
それで、十分だ。
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広間を出ると、
襄陽の風が、
先ほどよりも近く感じられた。
(……官途に入らなくてよかった)
黄忠の剛。
孫堅の烈。
そして今、
劉表の静。
この三つを見て、
拙者は確信した。
自分が立つべきは、
前でも、
上でもない。
――横だ。
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宿へ戻る道すがら、
市の灯が目に入る。
今日も、
人が集まり、
物が動き、
言葉が交わっている。
拙者は、
帳面を取り出し、
静かに一行を書き加えた。
「襄陽。
最初の支点に適す」
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ここから先は、
無理に進めば、
足を取られる。
だが、
留まりすぎれば、
流れに置いていかれる。
(……ゆるく、だな)
拙者は、
そう呟いて、
灯を落とした。




