第六話 長沙城 ― 武の気配
長沙城が見えたのは、
山道を抜けて半日ほど経った頃だった。
城は、静かだった。
だがそれは、
戦が終わったあとの緩みではない。
弦を張ったまま、
指を離していない静けさだ。
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城下に入る前、
拙者は先触れを立てた。
「交州より参った隊商にございます。
南方の香料・薬材を扱っており、
市での取引を願い出ます」
役人は荷を確認し、
名を記し、
淡々と問いを重ねた。
「道中は?」
拙者は、包み隠さず答えた。
「長沙郡境にて、
黄賊の残党と思しき者どもに遭遇しました」
「幸い、
通りがかった武人の助けを得て、
被害はございませぬが――」
役人の手が、
わずかに止まった。
「場所は」
「山道の分かれ目にて」
役人は、
何も言わず頷き、
背後の兵に目配せした。
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ほどなくして、
城内がざわめいた。
「太守府より命!」
「出撃準備!」
空気が、一変する。
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門が開き、
武装した兵が列を成して動き出す。
その先頭に立つ男を見て、
拙者は悟った。
――これが、
この城の主だ。
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孫堅。
若い。
だが、
場を支配する重みがある。
鎧は実用一点。
飾り気はない。
兵たちは、
彼の一挙手一投足を
疑いなく受け止めている。
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馬上の孫堅は、
先触れ役人から短く報告を受けると、
即座に頷いた。
「城外か」
「……まだ残っているな」
それだけ言うと、
こちらに一瞬だけ視線を向けた。
拙者は、
自然と一歩下がり、礼を取る。
孫堅は、短く言った。
「商人か」
「報せ、感謝する」
そして、
続けて一言。
「城内は守る。
――外は、俺が掃く」
号令。
兵が動き、
隊はそのまま城門を出ていった。
出撃だった。
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静寂が、戻る。
だがそれは、
先ほどとは質が違う。
(……これが、
官が武を握るということか)
黄忠殿の武は、
一人の力。
だが、
孫堅の武は、
城を背負っている。
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拙者は、
荷車に手を置いた。
(官途に入らなくて、
よかった)
もし、
この道を選んでいたなら。
剣を持ち、
鎧を着て、
あの背中を追わねばならなかった。
それは――
拙者の役目ではない。
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市へ向かいながら、
心を定める。
(太守への正式な挨拶は、
今ではない)
(襄陽へ赴き、
商いを成し、
戻る時に、礼を尽くそう)
今は、
商人として立つ時。
長沙の市が、
ゆっくりと視界に広がっていった。




