第十五話 分担という名の集中
麻雀大会が終わって、
数日が経った。
遊びとして終わらせるつもりは、
最初からなかった。
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劉備の許しを得て、
拙者は小さな席を設けた。
賞品の引き渡し――
という名目ではあるが、
本当の意味は別にある。
「形に残す」
それが目的だった。
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最初に呼んだのは、龐統。
差し出したのは、
金細工の紐飾りを結んだ瓢箪。
中には、
最終局の雀譜が収められている。
「記録か」
龐統は瓢箪を軽く振り、
音を確かめた。
「なるほど。
遊びでは終わらせぬ、というわけか」
「史には戦の記録が残りますが、
遊びには残りませぬゆえ」
龐統は笑った。
「拙者が一位とは、
後の世では疑われような」
「疑われぬよう、
書に残します」
その言葉に、
龐統は一瞬だけ黙り、
それから小さく頷いた。
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次は、関羽。
銀の携帯酒筒。
飾りはない。
だが、軽く、丈夫で、
常に身につけられる。
「実用一辺倒でございますが」
関羽は首を振った。
「いや。
戦に向かう身には、これでよい」
短い言葉だったが、
それで十分だった。
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張飛には、
紐付きの酒盃。
紐の先には、
小さな玉の容器。
「なんだ、こりゃ?」
「落とすと音が鳴ります」
張飛は、
わざと床に落とした。
澄んだ音が響く。
「ははは!
酒も命も、落とさんで済むな!」
拙者は、
その笑い声を聞きながら、
なぜか胸の奥が少し重くなった。
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最後に、諸葛亮。
沈香で作られた細身の香筒。
中には、
同じく雀譜が納められている。
「効能はございませぬ」
そう告げると、
孔明は静かに微笑んだ。
「承知しております」
「これは、
記録そのものが価値なのですね」
……この人には、
やはり敵わない。
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こうして、
麻雀大会は完全に終わった。
だが――
時は、すでに動き出していた。
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ほどなくして、
益州より再び使者が来た。
張松。
前回とは違い、
言葉は明確だった。
助けを乞う話ではない。
「進軍してほしい」
という話だった。
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酒宴の席で、
張松は地図を広げる。
険しい山道。
細い街道。
補給の難しい地形。
龐統の目が、
わずかに細くなる。
孫乾は、
すでに頭の中で算を弾いていた。
拙者は――
嫌な予感しかしなかった。
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数日の協議の末、
結論は出た。
益州へ、進軍。
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龐統は、
軍師として前線に立つ。
策を担い、
軍と共に進む。
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諸葛亮は、
荊州に残ることとなった。
前線には出ない。
だが、
益州遠征が始まれば、
荊州全域の後方支援、
外交、調整、統治。
それらすべてを、
一身に引き受ける。
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そして、拙者と孫乾は――
進軍に同行する文官として任じられた。
前線に随行しながら、
兵糧。
物資。
人員。
現地調整。
本営との連絡。
そのすべてを担う。
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「士元殿」
出立の準備の最中、
孫乾が声をかけてきた。
「また忙しくなりますな」
冗談めいた口調だったが、
その目は笑っていなかった。
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机の上には、
竹簡が積まれ始めている。
一本一本は軽い。
だが、
束になれば、
人を削る。
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拙者は、
自分の才を思った。
知的業務事務作業を
百を満点とすれば――
六十そこそこ。
突出してはいない。
だが、
足りないわけでもない。
だからこそ、
仕事が回ってくる。
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龐統とは、
同じ遠征軍にいた。
だが、
彼は前線に立ち、
拙者は、軍の内側に沈んでいった。
同じ軍でありながら、
進む方向は違っていた。
その違いが、
取り返しのつかぬ差になることを――
この時、拙者はまだ知らなかった。
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益州への道は、
こうして開かれた。
それが、
誰の命を削り、
誰を生かすことになるのか。
この時、
まだ誰も知らなかった。




