第十四話 卓を囲む者たち
――建安十六年(211年)、益州遠征前――
張松が去ってから、
陣営の空気は、目に見えて変わった。
益州。
蜀。
遠く、険しく、
だが豊かな地。
話はまだ表に出ていない。
だが、
武官も文官も、
皆が感じ取っていた。
――大きな動きが、始まる。
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その前に。
拙者は、
一つの提案をした。
「出陣前に、
一度、皆で集まりませんか」
「堅苦しい軍議ではなく、
遊びの場として」
劉備殿は、
少し考え――
笑った。
「よいな」
「士気を上げるのも、
将の役目だ」
こうして、
益州遠征の景気付けとして、
麻雀大会が開かれることになった。
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方式
最初から、
四人で卓を囲むつもりはなかった。
人数が多すぎる。
ゆえに――
武官の部。
文官の部。
それぞれに卓を設け、
同時進行。
一卓につき、
上位二名が勝ち上がり。
人数が減るごとに卓は畳まれ、
最後に残った者だけが、
次の場へ進む。
戦に、少し似ている。
最初から決することはない。
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武官の部
広間には、
いくつもの卓が並べられた。
そこに集うのは、
剣と槍で名を成した者たち。
義を貫き、
千里を越えて帰参した
美髯公・関羽。
長坂の橋に立ち、
万の軍勢を退けた
万人敵・張飛。
乱軍の中を駆け抜け、
幼子をその身に守り抜いた
白馬の将・趙雲。
老いてなお弓を引き、
一矢で戦を決める
剛弓の将・黄忠。
前へ、前へと進み、
刃の勢いで道を切り開く
猛将・魏延。
そのほかにも、
名は広く知られずとも、
修羅場を潜ってきた将が
数多く集っていた。
張飛は、
豪快に切り、
豪快に笑う。
魏延は、
攻めを止めない。
趙雲は、
牌を静かに揃え、
必要な時だけ動く。
黄忠は――
別の卓に座りながら、
ふと拙者を見て、
小さく頷いた。
長沙以来だった。
局が終わるごとに、
卓が一つ、また一つと消えていく。
勝ち上がるのは、
常に二人。
やがて――
最後に残った卓で、
向かい合ったのは。
関羽と張飛。
やはり、
この二人だった。
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文官の部
こちらは、
より静かだった。
声は低く、
手の動きも抑えめ。
だが、
目は鋭い。
集うのは、
政と策を担う者たち。
臥龍・諸葛亮孔明。
すでに全体を見渡し、
流れを掌中に収めている。
鳳雛・龐統士元。
才は同等。
癖は強く、
だが視野は深い。
その周囲には――
五常の中で最も整った才
白眉・馬良。
実務を回すことに長けた
蒋琬。
言葉で道を切り開く
孫乾。
飄々として核心を突く
簡雍。
財を束ね、
陣営を支える
糜竺。
さらに、
司馬徽の塾を出た者、
地方官として鍛えられた者。
名は知られずとも、
確かな才を持つ者たちが
卓を囲んでいた。
ここは、
才の見本市だった。
局が進み、
卓が減り、
人が減る。
最後に残ったのは――
臥龍と鳳雛。
異論は、
出なかった。
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決勝卓
こうして。
武官二名。
文官二名。
四人が、
一つの卓を囲んだ。
関羽。
張飛。
諸葛亮。
龐統。
拙者は、
ここで改めて告げた。
「この局だけは、
記録を残します」
「軍には軍譜がある」
「政には史書がある」
「ならば、
この遊びにも
正式な記録があってよい」
記録係として、
文官数名が筆を執った。
一人は捨て牌を追い、
一人は点の移り変わりを記す。
互いに内容を照合し、
うなずき合いながら、
雀譜は整えられていく。
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局は進む。
途中経過――
諸葛亮、首位。
関羽、次位。
張飛、三位。
龐統、最下位。
龐統は、
肩をすくめた。
「……運が回らんな」
誰もが、
このまま終わると思った。
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その時。
諸葛亮が、
一枚を切る。
龐統の目が、
一瞬だけ鋭くなる。
「……ロン」
場が、凍る。
龐統の前に並べられた牌。
同じ色の数牌のみ。
一から九まで、
寸分の狂いもなく揃っている。
一が三枚。
九が三枚。
二から八が、一本ずつ。
――九連宝燈。
麻雀を知る者なら、
誰もが息を呑む形。
「……なるほど」
諸葛亮が、
静かに目を伏せた。
「それを出されたなら、
致し方なし」
点が、
一気にひっくり返る。
結果。
一位 龐統。
二位 関羽。
三位 張飛。
四位 諸葛亮。
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記録係は、
雀譜の役名欄に、
はっきりと書き記した。
九連宝燈(同色)
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――後世。
ある学者は言う。
「この雀譜は、
作り話に過ぎぬ」
別の者は言う。
「だが、
複数の記録が、互いに食い違っていない」
「役の記述も、
当時の知識に即している」
結論は、
出なかった。
ただ一つ確かなのは――
この卓を囲んだ者たちが、
やがて蜀の命運を背負うこと。
そして。
この勝負が、
益州への道の
前夜であったということだけだった。




