第十二話 積み重ね ― 二十年
気がつけば――
時代は、
赤壁の戦いを越えた先へと、
静かに進んでいた。
曹操は北へ退き、
孫権は江東を固め、
劉備は荊州に足場を得る。
天下は、
一夜にして定まったわけではない。
だが――
「流れ」は確かに変わった。
⸻
その流れの中で、
拙者は戦場に立たず、
帳面と人の顔を見ていた。
父も、兄も、
まだ交州にいる。
表に出ることは減ったが、
士家の屋台骨は、
今も南で、静かに息づいている。
拙者が自由に動けるのは、
あの二人が、
南を守ってくれているからだ。
⸻
荊州各地に、
店を置いた。
襄陽。
長沙。
零陵。
桂陽。
いずれも、
人と物が交わる要所だ。
城を構えるほどのものではない。
だが、
人が常にいる。
それで、十分だった。
店は物を売る場所であり、
噂を買う場所でもある。
「どこが荒れた」
「どこが塞がれた」
「誰が死んだ」
「誰が伸びた」
戦の話も、政の話も、
まず店に流れ込む。
商いとは、
金を動かすだけではない。
情報を動かすことだ。
⸻
二十年の間に、
多くの名が消えた。
最初に倒れたのは、孫堅。
前線に立ち、
矢面に立ち、
部下と同じ場所で戦う。
武人としては正しい。
だが、
群雄割拠の世では、
それが死を招く。
長沙で見た背中を思い出す。
(……あれでは、生き残れぬ)
英雄とは、
時に一歩引ける者でもある。
孫堅は最後まで、
前にいた。
だから――
ああいう最期だったのだろう。
(そういえば……)
(あの折、共に戦っていた武人がいたな)
黄忠。
あの男は、
今もどこかで、
生きているだろうか。
⸻
次に、
時代を震わせたのが董卓という男だった。
洛陽を制し、
朝廷を動かし、
天下を握った。
乱暴で、苛烈で、
後世から見れば暴君。
だが――
拙者は思う。
あれは、
一代の英雄の気風を持った男だった。
時代が違えば、
評価も違ったはずだ。
ただ、
あまりにも前に出過ぎた。
力を持つ者が、
力だけで立とうとすれば、
いずれ背後から刃が届く。
董卓はそれを
知らぬ男ではなかった。
それでも止まれなかった。
だから、
長安で、
あのような最期を迎えたのだろう。
⸻
そして、袁術。
富。
名門。
人脈。
誰よりも、
天下を取れそうな条件を持っていた男だ。
だが――
財があるだけでは天下は取れない。
人は金だけでは動かぬ。
南陽にいた頃、
市で見た光景を思い出す。
人は集まっていた。
だが、
心までは集まっていなかった。
袁術の周りから
人が去っていくのを見て、
拙者は思った。
(器の大きさは、蔵の広さではない)
⸻
商いが広がるにつれ、
人手は足りなくなった。
拙者は、
力で人を集めなかった。
孤児を拾い、
字を教え、
算を教え、
帳面を持たせる。
攫ったのではない。
拾ったのだ。
学び、働き、
生きる道を与える。
それで、十分だった。
店の裏に
小さな机を並べるだけで、
読み書きは始まる。
紙と筆と、
少しの根気。
それが、
金よりも確かな資産になる。
⸻
その中で、
あの遊びも広がっていった。
卓を囲み、
牌を並べる。
貴人用には牛骨。
庶民向けには木。
簡素だが、
数は揃う。
囲碁と同じく、
読み合いと判断を学ぶ遊び。
いつの間にか、
学の場でも、
兵の間でも、
打たれるようになっていた。
司馬徽の塾でも、
教育の一環として
卓が囲まれていると聞く。
(……悪くない)
⸻
そんな折だった。
襄陽の店に、
妙な請求が届いた。
酒代。
名は――
士元。
同じ名だ。
拙者は思わず笑った。
会ってみれば、
噂に違わぬ男だった。
才はある。
だが扱いにくい。
気がつけば、
杯を重ね、
語り合い、
義を交わしていた。
龐統士元。
この男が、
劉備のもとへ向かうと聞いたのは、
赤壁の後だった。
⸻
「来ぬか」
彼は言った。
「今の劉備は、人が足りぬ」
「武も、知も、どちらもな」
「だが――場はある」
拙者は少し考えた。
事業は、
すでに程氏に任せている。
金も、物も、
残る。
ならば。
拙者は、
身一つで行こう。
⸻
劉備の陣営に入った時、
皆がすでに拙者を知っていた。
商人としてではない。
麻雀の伝道師としてだ。
ならば――
せっかくだ。
拙者は、
大金を出すことにした。
文官。
武官。
それぞれに卓を設け、
競わせる。
勝ち残った者同士で、
決勝戦。
遊びだ。
だが、
ただの遊びではない。
誰が読むか。
誰が待つか。
誰が切るか。
人となりが、
はっきりと出る。
劉備は、
それを面白がった。
⸻
卓は整った。
残るは――
始めるだけだ。




