第十話 交州 ― 帰還
交州へ戻る道は、
行きよりも静かだった。
水路を主とし、
要所で荷を担ぎ替える。
香と絹は軽い。
山越えにも耐える。
こうした段取りも、
今では身体が覚え始めていた。
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城影が見えた時、
拙者はようやく息を吐いた。
交州城。
南は変わらない。
変わらないからこそ、
戻る意味がある。
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まず向かったのは、
家ではなく、城だった。
報告は、
遅らせるものではない。
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士燮――
父は、いつも通りの場所にいた。
書を置き、
こちらを見る。
「戻ったか」
「はい」
拙者は、
包みを差し出した。
洛陽より流れてきた茶。
父は、
すぐには開けなかった。
「……都の香りだな」
それだけ言って、
脇に置いた。
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兄へは、
別に用意した。
書だ。
経の写しに、
注の入った一冊。
兄・士壱は、
表紙を撫で、
何も言わずに頷いた。
言葉は要らない。
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本題に入る。
拙者は、
襄陽で見たことを、
順に話した。
売れた物。
売らなかった物。
人の集まり方。
官と商の距離。
そして――
あえて、
拠点を置かなかった理由。
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士燮は、
黙って聞いていた。
遮らず、
頷きもせず。
最後まで聞いてから、
一言だけ言った。
「……人が要るな」
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「はい」
拙者は、
その言葉を待っていた。
「襄陽を主とするなら、
長沙にも、
通す者が必要にございます」
「商ではなく、
文を扱える者が」
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士燮は、
少し考え、
視線を上げた。
「程秉の一族に、
何人かいる」
「堅実で、
欲がない」
「使うなら、
選べ」
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「ありがとうございます」
拙者は、
深く頭を下げた。
「ただし」
父は、
続けた。
「借りるのだ」
「預けるのではない」
「壊すな。
返せ」
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「……御意」
その言葉で、
十分だった。
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数日のうちに、
程氏の者と顔を合わせた。
皆、
口数は少ない。
だが、
帳面を見る目は、
確かだった。
拙者は、
多くを語らなかった。
「商いは、
前に出ぬ」
「間に立て」
それだけ伝えた。
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準備は、
静かに進む。
まだ、
襄陽に商館はない。
だが、
流れは、
すでにでき始めている。
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夜、
一人になり、
帳面を閉じる。
交州。
襄陽。
長沙。
三つの名を、
指でなぞる。
(……焦るな)
(まずは、
回す)
拙者は、
灯を落とした。




