DV 1
「やめて!痛いっ!」
ボロいアパート中に女性の声が鳴り響いた。
緊急性のある声だが、アパートの住民は誰も反応しない。
理由は二つ。
いつもの事だから。
そして一度警察に報告した人が、後日報復を受けたからだ。
そんな誰からの助けもない中、顔を殴られた女性は拳を振り上げる男、恋人からの攻撃を必死に耐える。
「いたいッッ! 許して!ごめんって! 落ち着い――」
「うるっせぇ!」
男の蹴りが手を擦り抜け、女性の顔を蹴り抜いた。
女性は電源が抜けたように気絶し、壁に擦りながら倒れ込んでいく。
男は眉間に皺を寄せ、女性が気絶していく様を眺める。
そして完全に気絶した事が分かると、胸ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
やりすぎた焦りと怒りを落ち着かせるために。
「チッ。謝るぐらいなら最初から金出せや」
一本吸い終わり落ち着き始めると、しゃがみ込み横たわる女性の肩を激しく揺らし始めた。
「おい、起きろや。4万、はよ。」
「ん――。あッ!」
気絶から目が覚めた女性は、咄嗟に顔を守り体を震わせた。
「チッ。殴んねえから。早く4万」
男はつま先で地面を叩き続け苛つきを露わにする。
「えっ、あっ。バッグに入ってるから、好きに抜いて。――あ、でも。2万は生活費だから残して……ほしい」
女性は殴られまいと、押し出すようにしどろもどろに言葉を吐いた。
男は指差された鞄から財布を取り、7万円を抜き取った。
「あっ。だから生活費」
「チッ、うるせえな。知らねえよ、立ちんぼとかして稼いでこいや」
そう言うと男はアパートから出て、パチ屋に向かっていった。
「もうヤダぁ!あいつ最低! ほんとやだ!」
女性は玄関の方から聞こえる、階段を降りる音を聞きながら泣きながらスマホを叩く。
そして検索サイトを開き、検索履歴をスクロールしていく。
『DV 辛い
DV 解決方法
立ちんぼ おすすめ
別れる 報復 怖い
DV 別れ方
警察 報復 怖い
痣 隠し方
デリヘル 求人
風俗 性病 ダメ?』
そして幾度となく検索した、ワードを押した。
『DV 別れ方』を。
「別れる!絶対別れてやる……! ――あれ、なにこれ」
女性は検索してすぐに指を止めた。
検索結果の1番上に、今まで見た事ないサイトができていた。
『不幸を振り撒くいらない人間、貴方の周りにいませんか。そんな時は我々にお任せ!』
初めて見る安全かどうかわからない怪しいサイトにも関わらず、気づけば女性は吸い寄せられるようにそのサイトを押していた。
――「だぁッ、くそ! 7万負けかよ!絶対勝てたろ!」
パチ屋の前で男は地団駄を踏んだ。
「チッ。全部朱莉のせいだわ。あいつが早く金出せば、良い台取られなかったのによ。チッ、帰ったら殴ってやる」
男は肩で風を切るように歩き、アパートへと戻っていく。
そして家のドアを勢いよく開けた。
「おいゴラ朱莉! オメエのせい……で……。――あ?」
部屋の中に入るなり男の思考は停止した。
何も――なかった。
ベッドも机もテレビも冷蔵庫も、全てがだ。
(部屋、間違えたか……? いや、俺の鍵で開いたから間違いねえ)
男が目の前の状況を飲み込まないでいると、部屋の中央に黄色い包み紙が置いてある事に気づいた。
「……。手紙……?」
男はゆっくりと近寄り黄色い包み紙を拾い上げる。
そして目の前で回して、凝視した。
差出人不明。
どこかの住所だけが書かれている。
男は不思議がりながらも包み紙を破き、中に入っている手紙を取り出して読んだ。
『おめでとうございます。貴方は我々の精査の結果。新規プロジェクト【極楽町】へ招待される事になりました。包み紙に記載された住所に来ていただければ、新しい家を無料でプレゼント! 家賃はたったの一万です。家具等はこちらで預かっているので、来ていただければお返しします。』
「なんだこれ……」
男は支離滅裂な手紙に気味悪さを覚え、手紙を丸めて投げ捨てた。
「お読み頂けましたか?」
「ッ! なんっ、だ!」
突如後方から投げられた声に男は驚き跳ねた。
そこには閉めたはずのドアが開いており、貼り付けられた笑みを浮かべる男がいた。
「なんだテメェ……。なにしてんだ、ここは俺ん家だぞ」
「申し遅れました。私、天羽と言うものです。それで。お読み、頂けましたか?」
天羽は笑顔を崩さず喋る。
「……。あの意味わかんねえ手紙の事か? これ全部テメェがやったのか? あ?」
その態度と今の状況に男は苛立ち眉間に皺を寄せる。
だが天羽は威圧をものともせず、淡々と喋った。
「読まれたのですね。では行きましょう」
「は? どこにだよ」
「読まれたのなら分かるはずです」
天羽は踵を返しアパートの階段を降りていく。
「意味わかんねえよ…‥。どうなってんだ……これ」
奇譚のような出来事に放心する中、鳴り響く革靴の音と一緒に天羽の不気味な鼻歌が、男の耳に残り続けた。




