その5
翌日、私は約束通りドリスメイ様に話しかけようと、休み時間のたびに二年生の教室へ足を運んだ。廊下をウロウロして遠目に彼女の姿を見つけるものの、なかなか近づく勇気が出ない。
また、ダメだった……と、自分の教室に帰る繰り返し。
そしてお昼休みなってしまった。アイリーンとキャメロンがいる裏庭へ行こうとした時、レイ兄様の姿を見かけた。
「お兄様……」
レイ兄様は相変わらず見目麗しくてキラキラしている。でも、心なしか元気がないように見える。私は駆け寄って抱きつきたい衝動を必死で抑えた。
一年前まではそうして甘えていた。レイ兄様は優しく私の頭を撫でてくれた。二歳しか違わないのにお子ちゃま扱いされているようでちょっと不服だったが、それでも兄様と触れ合えることが嬉しかった。
私はレイ兄様に恋をしていたけど、兄様がどう思っているのかはわからない。私のことをただ甘えん坊の妹としか思っていないのかも知れないし、でも、血は繋がっていないのだから、もしかしたら女性として見てくれているのかも……希望的観測だけど。
でも、どこでヘンリエッタが見ているかわからないし、私は思いとどまった。それに警戒している兄様は話しかけても無視するだろう。
ずっとそうするつもりなのから? ヘンリエッタを気遣って? いいえ、違うわね、レイ兄様は私を心配してくれているんだわ、階段から落ちた件も、お兄様はヘンリエッタを疑っているだろう。
ヘンリエッタは何事もなかったように登校しているし、私が黙っているからバレてないと思っているのね。本当はお兄様に真実を告げたいけど、余計に心配させてしまうものね。
レイ兄様に執着する気持ちはわかる。見た目はもちろん、中身も素敵な人だもの。私だって一人の男性として想う気持ちが抑えきれない。ヘンリエッタもそんな私の気持ちを見抜いているんだわ、だから執拗に警戒するんだ。
でもね、レイ兄様は誠実な方よ、政略とはいえ不義理なことはしないわ。たとえ愛することはなくても、蔑ろにすることはないはずよ。恩を仇で返すような人じゃない。それって、ヘンリエッタにとっては残酷なことかも知れないわね。でも、それを望んだのは誰でもないヘンリエッタなのよ。
あなたは知らなかったのね、人の心は自由にならない、決してお金では買えないことを。
そんなことを思いながら、レイ兄様をこっそり見つめていると。危惧した通り、ヘンリエッタが現れた。馴れ馴れしくレイ兄様に擦り寄る彼女を見て気分が悪くなった。でも、レイ兄様のところへ行かなくてよかったわ。
胸を撫でおろした時。
えっ?
思わず驚きの声を上げそうになった。
なぜか続いてイヴァン様が登場し、二人に話しかけたのだ。兄様と同じ学年だけど親しくなかったはずよ。三人はどういう関係なの? 私には歪な光景に見えた。
改めて見るとイヴァン様もなかなかの美丈夫なのよね、ダークブロンドにハシバミ色の瞳、穏やかな笑みを浮かべると、聞かされているように恐ろしい人物とは思えないくらい温厚な人に見えるのよね。
イヴァン様は親しげに話しかけ、ヘンリエッタの表情も明るいが、レイ兄様は心なしが硬い、どんな話をしているかは知らないけどあんな男に近付いてはダメ! イヴァン様の本性を教えなきゃ!
こうなったらヘンリエッタがいてもやむを得ない、彼女がなにか言おうものなら、階段から突き落としたことを暴露してやるわ!
私が息巻いてそちらへ行こうとした時、
「私になにか言いたいことがあるの?」
私の行く手を遮るように現れたのは、ドリスメイ様だった。
驚いて、後退りする私にドリスメイ様は続けた。
「今朝からずっと私を見ていたでしょ」
「気付かれていたのですか」
「ええ、熱い視線が突き刺さっていたから」
ドリスメイ様は肩を竦めた。
赤い髪に赤い瞳、少しキツそうに見えるけど、気に留めてわざわざ声をかけてくれるなんて優しい人なんだわ。でも、今はそれどころじゃない、レイ兄様に伝えなければならないことがある。
「あ、あの、確かにお話したいことがあるのですが、今は」
私はレイ兄様とイヴァン様に視線を流した。
「兄に用があって」
ああっ、三人は連れ立って行ってしまう。
「イヴァン様に関わらないほうがいいと教えなきゃ」
私は思わず口走ってしまった。
「待って! あなたはイヴァン・ヒューズのなにを知っているの?」
私は再び行く手を遮られた。
お読みいただきありがとうございました。
霊感令嬢ドリスメイが登場する物語をシリーズにしましたので、他の作品も読んでいただければ幸いです。
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