その4
「私は婚約者のイヴァン・ヒューズに殺されたのよ」
衝撃的な発言にゴクリと息を呑んだ。
イヴァン様のことは、さっきも話題にしていた。品行方正な外見とは異なり、かなりの曲者だと知ってはいるが、暴力事件にとどまらず殺人まで犯していたなんて! でも、彼は殺人容疑で逮捕されていない。
「なぜそんなことになったんです?」
「わからないわよ! でも最期に見たのは悪魔のような笑みを浮かべる彼の顔だった」
「じゃあ、あなたが使用人と駆け落ちしたと言う噂は嘘なのですね」
「きっとイヴァンが流したのよ、下僕のように従わせている寄り子の家の子息たちを使って」
ああ、エンリケ様たちが陥れられたように、脅して従わせている子分が他にもいるのね。
「それから恐らく、私と逃げたとされている使用人のウィリアムも殺されているわ。なぜ私たちが殺されなければならなかったのか全然わからない、イヴァンとは婚約して丸一年、円満な関係だったわ、彼は優しかったし、私も彼に尽くしていたわ。なのに、なぜ? 訳もわからず死にきれない! 苦しいの、私を殺した彼が憎いわ! 罪を暴いて裁きを受けさせたいのよ!」
興奮したソニアの身体から黒い靄のようなものが湧きたつ、これって……。
「落ち着いてください」
負の感情が強くなると悪霊化すると書物に書いてあった。最悪だわ、悪霊に関わったら命の危険もある。逃げ出したいけど、膝がガクガクして動けない。
青ざめた私を見て、ソニア様はスーッと息を吐いた。
「ダメね、憎しみが強すぎて、悪霊になってしまう」
彼女も自分の状態がわかっているようだ。
「悪霊になれば人間に害をなすことが出来るし、復讐を果たすことも出来る、でも、私も地獄へ落ちてしまうわ」
彼女は一回、二回と深呼吸した。
「ゴーストの先輩に聞いたのよ、もう三ヶ月も彷徨っているから、色々な人、じゃなくてゴーストに出会ったから。本来は死んで魂が身体から抜け出たら、空に伸びる光の筋に沿って昇天するの。でも、この世に強い未練がある者、怒りや恨みを残した者、そして、自分が死んだことに気付けない者は留まってしまうんですって」
ソニア様は気分が落ち着いたのか、黒い靄は消えた。
「私は怒りと恨みによって天に昇ることを拒んでしまったのね。でも、そんな思いで長くこの世に留まると悪霊になってしまうそうよ。だから正気を保つためにここへ来ているの。あなたも聞いたことがあるでしょ、ここは王妃様が、親友を思って二十年も祈りを捧げてきた場所、清浄な祈りに満ちた場所だから、正気に戻れるのよ」
「ええ、知っています。親友のフェリシティ様は遺体が発見されてちゃんと埋葬されたんでしょ」
「そう、フェリシティ様が殺された事件を究明して、彼女の遺体を見つけた人がいるのよ。私もその人の力を借りたいんだけど、ここから出ると怒りがこみあげてすぐ悪霊になりそうなっちゃうのよ。黒い靄に覆われて……だから警戒されて避けられてしまうのよ」
「その人もゴーストが見えるんですか?」
「彼女は見えるだけじゃなくて、浄霊する力もお持ちのようだから、話をする前に浄霊されてしまいそうで、なかなか近付けないの」
そんな力を持つ人がいるなんて。
「そうだわ! あなたなら、あなたの話なら聞いてくださるかも知れないわ」
「それは誰なの?」
「ドリスメイ・イーストウッド辺境伯令嬢」
なんですって! ドリスメイ様と言えば、王太子クリストファ殿下の婚約者じゃないの。
「無理無理! そんな高貴な方に貧乏子爵家の私から声をかけるなんて出来ないわ」
「大丈夫よ、きっとあなたの話を聞いてくださるわ。そして、ここへお連れしてほしいの」
ドリスメイ様ほどの人なら、噂話に惑わされて私を無視するようなことはしないと思うけど。でも、
「面識もないし伝手もないのに、どうやって高い身分の彼女に近付くの? 相手は王太子殿下の婚約者、護衛もついているだろうし、不審者扱いで止められてしまうのが落ちよ」
「そこをなんとか!」
手を合わされても困るんですけど、でも……。
「そうね、あなたが悪霊になって取り憑かれたら嫌だから努力してみるわ」
「約束よ、頑張ってね!」
ソニア様は清々しい笑顔を向けた。
お読みいただきありがとうございました。
霊感令嬢ドリスメイが登場する物語をシリーズにしましたので、他の作品も読んでいただければ幸いです。
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