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私の日記は燃やしてください  作者: 弍口 いく


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その3

 ヒューズ侯爵家の嫡男、イヴァン様は由緒正しき侯爵家の令息らしく品行方正の優等生――に見えた。しかし、本当は自分勝手で目下の者をぞんざいに扱う暴君だった。


 エンリケ様のタイラー男爵家は、ヒューズ侯爵家の寄り子なので、嫡男のイヴァン様には逆らえない、同じような立場の男爵令息二人と、日頃からイヴァン様に子分扱いされていた。


 そして、あの夜も、半ば無理やり夜の街に誘われたらしい。

 平民相手に暴力事件を起こしたのはイヴァン様だ。


 エンリケ様は確かにその場にいたが、止めようとしたのだ。喧嘩相手の平民に重傷を負わせた張本人はさっさと逃げて、放って置けなくて応急処置をしていたエンリケ様たちが逮捕された。しかし、本当のことを言えば報復で男爵家ごと潰される可能性があったから、エンリケ様も他の二人も沈黙を守るしかなかった。


 三人ともイヴァン様の名前を出すわけにはいかず、罪をかぶるしかなかった。自分たちは処分されても、家には被害が及ばないようにしてやると、イヴァンが約束してくれたからだ。


「でも除籍まで強要されるなんて」

 キャメロンは憤った。

「完全に排除したかったのよ、王都の貴族社会に残れば、口を滑らせて本当のことを漏らしてしまう危険があるでしょ。でも、平民の言うことだったら一笑に付せる、他の二人も家が存続するために涙を呑んだのよ、領地へ帰ったそうよ」


 エンリケ様たちの将来を潰したのだ。本当に酷い話、イヴァン様は屑だ。

「エンリケ様が王都に残ったのはアイリーンのためね」

「ええ」

「愛よねぇ」

 キャメロンはニヤニヤしながらアイリーンを肘でつついた。


「ちゃんとした給料が貰えるようになったら、迎えに行くって書いてあるわ」

「じゃあ、学園は?」

「退学することになるでしょうね、私も働くつもりよ」

 アイリーンは寂しそうに目を伏せた。


「両親の説得は苦労したわ。本当はエンリケ様との婚約を破棄して、私には新しい婚約者を捜すつもりだったのよ。でも私が平民になってもエンリケ様でなきゃ嫌だと言い張ったから、両親も仕方なく折れてくれたの」


 アイリーンは身分を捨ててまで添い遂げたい人がいる。羨ましいな。私にもいつかそんな人が現れるのだろうか? 今、心に住み着いているレイ兄様を消し去れるような殿方との出会いはあるのだろうか?


 そうこうしているうちに予鈴が聞こえた。

「まあっ、もうこんな時間、急がなきゃ」

 アイリーンとキャメロンは慌てて校舎に向かった。私も一緒に行かなければならなかったが、突然、足が鉛のようになって踏み出せなかった。


 あの教室に戻るのが怖い。

 いない者として扱われる沈黙刑ほど残酷なものはない。まだ、嫌味を言われるほうがマシかも知れない、私の存在を認めてくれてるってことだもの。存在自体を否定したいヘンリエッタが仕向けたのだろうが、本当に自分が消えたような気になる。


 私は校舎へは戻らず、フラフラと反対方向校に歩き出した。





 そこは王妃の花園と呼ばれる場所だった。


 現王妃メリーベル殿下が、二十年前に行方不明になった親友フェリシティ様の無事を祈るために、彼女との思い出の場所であるこの花園によく訪れていたらしい。

 でもそれは去年まで、フェリシティ様のご遺体が二十年ぶりに発見された。それ以来、こちらへ来る回数は減ったらしいが、いつ来られてもいいように、庭師たちは丹精込めた整備を欠かさない。


 誰もいないことを確認しながら私は花園の奥へと足を踏み入れた。中に入るのは初めてだった。色とりどりの花に埋め尽くされていたが、中でも真っ白なガーベラの花壇が目を引いた。


 その時、人影に気付いて足を止めた。

 誰もいないと思っていたのに!


 私と同じように授業をサボっている人がいたんだわ。あのリボンは同じ一年生なのね。制服は全学年共通だが、リボンタイの色で学年を示している。見たことない顔だから別のクラスだわ。彼女がなぜサボっているのかは知らないけど、邪魔をしちゃ悪いわね。私はそっと去ろうとしたが、気配に気付いた彼女が振り返った。


 バッリチ目が合ってしまって気まずい。

 私はバツ悪そうに苦笑した。


「あなた……」

 彼女は驚きの目を向けた。

 本当にビックリしたような顔、私ってなにか変? もしかして、私がクラス全員に無視されるイジメに遭っている訳アリ令嬢だと知ってるのかしら。


 この人もヘンリエッタが流布した悪い噂を信じて、私が我儘で兄に迷惑ばかりかけているとんでもない義妹だと思っているのかしら。だから、こんなところで会って気まずいと思ったのかしら……などと考えを巡らせている時、ふと気付いて、凍り付いた。


 浮いていた。


 彼女の足は地面についていないのだ。よく見ると、身体も心なしか透けているようだ。


 ゴースト……!!


 しまった! そう思った時は遅かった。バッチリ視線は合っているし、彼女の声を聞いて反応している。ゴーストが見る人間だと知られてしまったのだ。彼女が悪霊だったらどうしよう!


「私なんかに取り憑いても、なんの旨味もないわよ。貧乏子爵令嬢だし、クラスでは嫌われ者だし、あなたの利益になることはしてあげられないわ」

「あなたは……」

 私の狼狽ぶりにゴーストは面食らったようだ。


 キョトンと目を丸くしているゴーストは、ストレートの黒髪に深い碧の瞳、整った顔立ちの美少女だった。どことなくヘンリエッタに似ているから印象は良くなかった。


「そう……そうなのね」

 ゴーストは寂しそうに目を伏せ、フッと口角を上げた。


「私はこの学園の生徒だったのよ、去年までの話だけどね」

 同じ一年生だと思ったが、現在ではないようだ。


「私はノルティ伯爵家が次女ソニア、あなたは?」

「私はチェルシー子爵家が長女イングリッドです」

 ソニア・ノルティ? どこかで聞いたような……そうだ、私が入学する少し前にニュースになった人だ。学園に通う伯爵家のご令嬢が使用人と駆け落ちしたって。


「その反応は、私の噂を知っているのね、一時は話題になって騒がれたものね」

「でも、亡くなったと言う話は聞いていませんでした」

「そうよ、全部でっちあげだから」

 彼女は恨めしそうな目を向けた。怖いんですけど……私は思わず一歩後退した。


「使用人と駆け落ちしたなんて嘘、私は殺されたのよ!」

「殺された!? なぜ? 誰に?」


「イヴァン・ヒューズに」


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