最終話
翌朝、私は王妃の花園へ行った。
「終わったの?」
ソニア様が待ち構えていた。
「ええ、イヴァン様は逮捕されました、あなたのご遺体も発見されたそうです」
「そっかぁ」
「拉致監禁されていた令嬢たちは救出されました」
「良かった、生きていたのね」
「そうでしょうか、邪神への生贄にされることなく、生きて助け出されたのは良かったけど、心に深い傷を負っただけじゃなく、貴族令嬢としても致命傷です。傷物令嬢とされ社交界に出ることも出来ない、嫁ぎ先を捜すのも困難でしょう、彼女たちは未来を奪われたのですよ」
「そうね、でも生きてさえいれば未来はあるわ」
生きてさえいれば……。その言葉に胸がズキンと痛んだ、もう心臓はないんですけどね。
「あなたもようやく気付いたのね」
ソニア様は憐みの目を向けた。
「ええ、ほんと私ってバカですねよね、突然ゴーストが見えるようになったなんて勘違いして、自分もゴーストなんだから同類が見えて当たり前なのに」
「不慮の事故で亡くなった人はそうなるみたいね、でも、早く気付けて良かったわ、気付かないまま悪霊になったら地獄に落ちるもの」
「そうですね」
「さぁて、私はもう行くわ」
「えっ? イヴァン様の最期を見届けなくていいんですか?」
「いいの、罪が明るみに出たんですもの、それで満足よ、早く天国へ行きたいわ」
ソニア様は晴れ晴れとした顔で空を見上げた。
雲の隙間から一筋の光が下りて来た。私にも見える、あれがソニア様の道標なのね。
「ドリスメイ様は本物よ、心残りがあるのなら、あの方に伝えてもらうことも出来るわ」
心残りか……。それはレイ兄様への想いだけだ。
「じゃあ」
ソニア様は最期に笑みを残して光の玉となり、夜空へ昇って逝った。
私にはまだ自分の光の筋が見えない。
「逝ったのね」
いつの間に来たのか、ドリスメイ様も私の横で空を見上げていた。
「昨夜は突然いなくなっちゃったから心配したのよ」
「レイ兄様と一緒にいたんです」
私はあの後、学園の寮に帰った兄様を追って部屋に行った。ゴーストと自覚すれば便利、どこへでも飛んでいけるんだから。
レイ兄様は机に肘をついて祈るように額の前で手を組んでいた。その手の中にはペンダントが握りしめられていた。それは私の形見、誕生日にレイ兄様からプレゼントされたもの、兄様の瞳と同じ色、小さなペリドットがついたペンダントだ。
もらった時は、自分の色を送るなんて、まるで恋人に送るみたいだと嬉しかった。肌身離さずつけていた。
ずっと兄様の横にいた。時折、ふと顔上げた時、涙の痕が残る横顔を見つめた。涙を拭ってあげることは出来ない、手を伸ばしても触れることは出来ない。私を感じてもらうことも出来ない。ただ、傍にいるだけ。
そして、空が白みだした頃、兄様が机に伏してうたた寝をはじめたので、私はそっと部屋を後にした。
永遠のさよならを告げて。
「心配しないでください、ずっと付き纏ったりしませんから、ちゃんとお別れしてきました。じゃあなんでまだいるんだって顔してますよね」
「そんな顔してないわ」
「してますよ、ドリスメイ様は正直だから」
自覚があるドリスメイ様は苦笑した。
「あなたにお願いがあるのです」
「私に出来ることなら」
「私の部屋に日記があるんです。本棚に隠してあるからまだ発見されてないと思います。それは誰にも読まれたくないのです。だから王家の影の方に持ち出して来てもらいたいのです」
「王家の影を私用に使う訳には……、いえ、頼んでみるわ」
「ありがとうございます」
レイ兄様と出逢った頃、初めて恋する気持ちを自覚した時に書きはじめたものだ。
「そこにはレイ兄様への想いがいっぱい書いてあるんです、ほんと恥ずかしいくらいに。レイ兄様には知られたくない、知られてはいけないんです。レイ兄様が私を妹としてではなく、一人の女性として愛してくれていたとわかった今、私も同じ気持ちだったと兄様が知れば、余計に辛い思いをすることになるでしょうから」
「それでいいの? あなたの気持ちが伝わらなくても」
「兄様には早く私を忘れて、前を向いてほしいから」
「そう……」
「兄様はこれからも生きていくんですから」
ドリスメイ様の目から滝のように涙が溢れていた。淑女なんだから鼻水は堪えてくださいね。
「私の日記は燃やしてください」
目の前に光の筋が現れた。
それは晴れた空に向かって伸びている。
「もう一つ、頼んでもいいですか? オスカー教会墓地に長年我が家に勤めてくれたメイド、ラフィネのお墓があるんです。彼女、身寄りがなかったので、お墓参りしてくれる人がいないんです。だからお花を供えて頂けませんか?」
ドリスメイ様は潤んだ瞳で頷いた。
自分の身体が形を失っていくのがわかる。光の玉になったのね。
そして、あの光の筋に向かって……。
――――エピローグ
「こんなところで火遊びかい?」
イーストウッド家のタウンハウスの中庭で、火を熾しているドリスメイの横に音もなくクリストファが立った。
「気配を消して近付くのはやめてよね」
そう言ってクリストファを見上げたドリスメイは、鍵付きの日記を大事そうに抱えていた。
「それか、ファイに盗ませたのは」
「ええ」
あの夜から数日が経過していた。
「取り調べは順調?」
「ああ、邸にいた使用人たちはみな他国から流れて来た邪神教徒だった。二年前、婚約者のジャニス嬢が亡くなってから、イヴァンは傾倒するようになったらしい。心配して止めようとしたヒューズ侯爵夫妻は監禁されたようだ。地下室で発見された白骨の中に夫妻の遺体もあったよ」
「イヴァンは認めたの?」
「いいや、供述を取れる状態じゃない、彼の精神は壊れてしまった、魂が抜けたように呆然と宙を見つめたまま、一言も話さない」
ジェニスの魂を呼び戻せなかったイヴァンは、自分の魂を手放してしまったのかも知れないとドリスメイは思った。
「それ程、前の婚約者を愛していたのね」
愛する者を失った悲しみは計り知れない。もし、クリストファを失ったら、自分はどうなってしまうのだろうと考えると、全身が凍り付いた。
「ヘンリエッタは?」
もう一人、妄信的な愛で道を踏み外した哀れな女がいた。
「まだ貴族牢で喚き散らしているそうだ、事故だと主張して、自分は悪くないと。でも学園で聞き込みをしたところ、イングリッド嬢への嫌がらせの数々や、『あの子さえいなければ』と聞いた者もいるし、隠蔽工作もしているから、殺意があったと認定されるだろうね」
「どうなるの?」
「極刑は免れても、一生強制労働を科せられるだろう、何不自由なく育った貴族令嬢にとっては、死んだほうがマシだと思えるほど厳しい現場で」
「レイフォード様はどうなさっているの?」
彼もまた、最愛の人を失った。
「マクガイヤー伯爵家から没収された私財で、詐欺被害に遭ったチェルシー子爵家の借金は完済された。子爵はアルコール依存症の治療施設へ、夫人は精神科の病院へ入院した。子爵位は正式な手続きを経てレイフォードが襲爵することになる。売却された子爵家の領地は戻らないが、レイフォードは優秀だから上級文官として身を立てることが出来るだろう。今は生徒会執行部の手伝いをしてもらっているよ、忙しくしていた方が気が紛れると頑張ってくれているよ」
「忘れることなど出来ないでしょうけど、早く前を向いてくれることをイングリッドは願っていたわ」
そのためにイングリッドは自分の愛を封印するのだ。
焚火が十分な勢いを増したところで、ドリスメイ様は日記を焼べた。
おしまい
最後までお読みいただきありがとうございました。
霊感令嬢ドリスメイが登場する物語をシリーズにしましたので、他の作品も読んでいただければ幸いです。
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